社会人は謝罪で許すな、仕事で許せ①

言葉に執着して論議を重ねても明確な答えは出ませんし、言葉を厳しく管理する社会になってしまうでしょう。それは表面的な部分で人間が人間を互いに裁きあう、偽善で満ちた空虚な地獄です。

 

今この瞬間にも、世界中でたくさんの人々が不運にも命を落としていますが、そんなことを誰も真剣に考えていません。

 

言葉よりも、もっと本質を見ましょうよという話です。

 


 

—目次—

1. 謝罪の是非を判断するのは難しい

2. DaiGoの仕事は研究論文の要約と解釈

3. 一次情報を正しく扱うことの大切さ

4. 批評側にも一次情報の精査を求められる

 


 

 

前回の記事では、あるひとの「言葉」が倫理的に正しいか否かを問うのは、実際は非常に難しいし意味がないという根拠を提示しました。

 

メンタリストDaiGoの炎上問題より Part.1

「言葉だけ」で人を判断するのはもうやめませんか?

 

少しでも差別的、暴力的と世間から捉えられる表現をしようものなら、世間から差別!鬼畜!パワハラ!モラハラ!謝罪しろ!などと叫ばれて断罪されかねない世の中になってしまったのですが……

 

それで社会が良くなるのとは、到底思えません。

 

【1】DaiGoの「発言そのもの」への責任追求は無意味

【2】それよりもDaiGoの過去の仕事について詳しく知るべき

【3】小山田とDaiGoの問題点の相違はハッキリと区別認識できなければならない

 

前回で解説したのは【1】です。今回は【2】を解説します。

 

何か倫理的に問題とされる表現が世間を賑わすとき、発言者を盲目的に批判し、謝罪を求める前に、その人の仕事を評価しようという話です。

 

言葉よりも、仕事に本質が存在するからです。

謝罪の是非を判断するのは難しい

言葉は受け取り手によって善悪の判断が分かれ過ぎますし、明確な善悪のラインがどこにあるのか判断が難しいです。

 

ですから、問題の言葉と同様に、謝罪の言葉でDaiGoを評価するのも無意味だと私は考えます。

 

私自身も、再謝罪中にDaiGoは笑っていると感じましたし、最後の涙は戦略的なものだと思いました。

 

ただ、それは「私がそう思っただけ」に過ぎないし、態度だけで人の評価をしては意見が分かれ過ぎて結論が出ません。

 

きちんと謝っているし、今後ホームレスや生活保護受給者について勉強すると言っているから良いじゃないかという意見もあります。

 

失言に対して寛容になることも必要と思いますが、もしこれだけでDaiGoを許すとなると、

 

絶対に開き直ってはいけない(DaiGoが最初に取った行動)

形だけでも誠意を装って謝罪したら許される可能性が高い

 

という理解に世間は至りそうです。

 

言葉に対して「許される/許されない」とか「正しい/間違い」を決められる明確な基準は存在しませんので、謝罪の言葉を論議することは建設的ではないと思います。絶対に皆が納得する答えが出ないから。

 

どんな意見も、結局は「自分はDaiGoの謝罪動画を見てどう感じたか」という個人の感想文です。誰でも言えることでしょう。

 

12歳のゆたぽんでも、「俺はこう感じたぜ」という感想を堂々と述べています。立派な大人が出す意見も、これに毛が生えた程度のものに感じます。

 

繰り返しますが、言葉は受信側の設定で善悪が大きく変わります。だから絶対に皆が納得する答えが出ない。

 

そもそも、他人の問題発言に対して、大人たちが上から目線で個人的な感想文を綴って発表し合うって……率直に寒いし、正しい行為ではないと思います。

 

誰もが善人面をしながらね。自分だって、何気なくどこかで誰かを傷つけたり、傷つけなくても無関心だったりすることがあるだろうに。

 

だから、せめて言葉ではなく仕事を見ましょうと提案したいです。大人であれば生きている多くの時間とエネルギーを仕事に割いています。うっかり出てしまった差別的な発言以上に、仕事には人格や、倫理感が色濃く出ています。

 

「仕事」はその人の「生き方」そのものだからです。

 

間違いなく、言葉の断片よりも、仕事はその人の生き方が強く顕れます。この認識が本当に重要だと思うので、アクセス数や評価は見込めなさそうですが、書いておきたい。

 

仕事を評価することがどれだけ重要か、意味があるかを具体的に説明していきます。

DaiGoの仕事は研究論文の要約と解釈

「◯◯大学で行われた△△という研究があるのですが」というのはDaiGoから出てくる決まり文句のようなものです。

 

 

「科学的に◯◯」という情報を売るのがDaiGoの仕事です。

 

つまり科学的根拠を示す「研究論文」を読んで、要約して(または独自に解釈して)伝えるのがDaiGoの仕事です。それを、健康や心理の分野で行っています。

 

 

書籍の要約もDaiGoの仕事だと思いますが、健康や心理の書籍の情報元は研究論文です。

 

書籍= 2次情報

書籍や研究論文を読んだ人の意見 = 2次情報 

研究論文 = 1次情報

 

論文はたくさんの他の論文を引用して書くものですから、

 

研究論文 = 2次情報

引用した研究論文 = 1次情報

 

ということにもなります。その引用した研究論文には、さらに1次情報としての研究論文があって……の繰り返しです。

 

1次情報の確認って、一般の方々想像するよりも遥かに大変です。論文に引用される論文は大量にあって、情報の大元を辿っていくのは凄まじい時間がかかります。

 

1次情報として読んだ論文が、あとになって間違いが発覚し、撤回されていたなんてこともあります。

 

となると、その論文を前提として書かれた論文にも矛盾が生じます。

 

となると、また改めて確認済みの情報を再読し、矛盾が発生しないように再考を迫られます。

 

私はDaiGoと同業者なので、世の中の情報発信者のほとんどが、この作業を真面目にやっていないことを知っています。しかしこれは論文を何百と読んでようやく分かる感覚なので、世間一般の人々には分からないでしょう。

 

DaiGoは健康や心理に関する情報販売が仕事ですから、情報発信にどの程度誠意があるかを見ると、ぽろっと出てしまった発言以上に、DaiGoがどのような人物かが分かってきます。

 

全ての情報を正しく扱える人などいませんが、一次情報をきちんと確認しているか、一次情報を正しく扱っているかどうかは、情報販売をする人間を評価する手段となります。

一次情報を正しく扱うことの大切さ

新型コロナの登場により、たびたびニュースにも名前が出てくるようになってきた「陰謀論者」は、一次情報を読まない、読んでも恣意的にねじ曲げて利用することを、これまで詳しく説明してきました。

 

2021.05.26 「マスクで低酸素血症にはならない」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その1〜 **

2021.05.27  【全文和訳】マスクは危険のエビデンス論文【読んでみよう!】**

2021.05.28  「リファレンスを読もう!」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その2〜 **

2021.5.31  「科学的にマスクを知る(前編)」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その3〜  **

2021.06.04  「科学的にマスクを知る(後編)」〜崎谷博征氏、マスクが危険って本当ですか?その4〜 **

2021.06.12  「筋が通っているのが科学」〜崎谷博征氏、マスクが危険って本当ですか?その5〜 **

2021.06.16  「マスク有害論はヒステリー」〜崎谷博征氏、マスクが危険って本当ですか?最終回〜 **

2021.06.18    インフォデミックを理解しよう 〜マスク論文の拡散を時系列で整理〜」**

2021.06.22   論文の1コや2コで動揺したり大騒ぎするのはやめましょう **

 

小山田圭吾の件でも、原典のインタビューを読まずに、または読んでも恣意的に悪用して報道がされていた実態を説明してきました。

 

2021.07.20  善悪は常に表裏一体 (小山田圭吾さんのいじめ問題より) **

2021.08.06  小山田圭吾さんが『月刊カドカワ』でもいじめ自慢? **

2021.08.10  好意的な関心を持って初めて理解できることがある(小山田圭吾さん91年のインタビューより) **

2021.08.13 小山田さんはブラック・ジョークの達人です(残虐ギターの謎を解く) **

 

健康や医療分野でも、報道でも、一次情報をきちんと確認し、自己都合で歪めずに一次情報を利用することは、ものすごく大事なことです。

 

これを皆があまりにやらないので、世の中は混乱しています。

 

一次情報を確認しない人々が世の中を混乱させている実態は過去記事に書いてきたので割愛しますが、情報発信者は、たくさんの一次情報に当たって、正しく扱っているかどうかで、その人の誠意が分かると言えるでしょう。

批評側にも一次情報の精査を求められる

私は次の記事で、DaiGoが1次情報を正しく扱っているかを評論します。

 

その前に、「1次情報を正しく扱っているか」を解説していない、私がダメだと思うDaiGo評論例を述べておきます。書いていて何も面白くないのですが、比較と現状の理解のため、ある程度提示せざるを得ません。

 

心理学者の原田隆之氏の評論です。以下に一部引用します。

 

“科学的根拠もないようなサプリメントや健康情報を断定的に薦めたり、自ら宣伝したりしていることも多い。つまりは、疑似科学の権化のような存在となっている。

YouTubeでは両側を本で囲まれた部屋で配信しているが、人々はその「場面装置」にも騙されて、「すごい量の本を読んでいる」と感嘆し、あたかも知の巨人のような虚像を信じ込まされていたのだろう。これもまた、メンタリストの手品仕掛けの1つである。

しかし、研究者からすれば、あのくらいの書籍の量はどうってことはないし、むしろ日本語の心理読み物ばかりであることにも、その「正体」を見る思いがする。”

 

「科学的根拠もないようなサプリメントや健康情報を断定的に薦めたり」というのは確かにそうだと思うのですが、そこを批判したいならば、何が間違っているのかを原田氏が「一次情報を用いて」科学的に説明する必要があります。

 

おそらく、原田氏自身もサプリメントや栄養などに大した知識がないので、詳しく書く自信もなければ、労力を割こうと思わないのでしょう。「科学的根拠がないサプリメント」をきちんと説明するにも、大変な時間がかかります。幾らかの論文に目を通して、考え、データをまとめる必要があるからです。

 

具体的な説明もできないのに「疑似科学」のひとことで批判を繰り返す人もまた、昔から大勢います。

 

DaiGoが読んでいる本が日本語ばかりでも、それがダメだという理由もないはずです。単なる悪口ですね。自分が心理に関する洋書を読んでいるので、マウントを取っているだけでしょう。

 

ブロガーの山本一郎氏評論。ここではDaiGoの「未成年者と性交をしても違法にはならない」という動画が、DaiGoが法律を理解していなかったことを指摘しています。

 

この件は、DaiGoが一次情報である法律を理解していなかったことが明らかになったので、良い指摘です。

 

しかし、この指摘は他の弁護士が行ったものであり、山本一郎氏が自分で調べたわけではありませんので、あまり評価できません。他の言及も単なる悪口に終始しており、ミスリードもあります。

 

 

DaiGoは格下の存在と見せるためにホームレスへの発言をしたのではないでしょう。

 

 

DaiGoは純粋に命の重さを「猫>人間」と考えています。この「人間」の中には、ホームレスも、DaiGoにとって重要でない人間も、等しい関係として含まれています。

 

こんなものをリツイートしているモーリー・ロバートソン(小山田圭吾の報道を原典を確認せず世界に発信した人物)は、いじめ紀行が理解できなくて当然だろうと思います。

 

ゆたぽんでもDaiGoが人間よりも猫を愛していることが発言の動機であることを察しているのに、これを分からない山本一郎は致命的です。

 

「批評側にも一次情報の精査を求められる」から話がやや逸れましたが、次で最後。

 

 

フリーライターで元編集者の武田砂鉄氏の、DaiGo著書を5冊読んでの評論。前2者よりはマシなもので、私も意見としては大部分同意します。

 

“私の読書の目的とあまりにかけ離れているのだが、ここまで「シンキング」が簡素に積み上げられているのを開示しているのに、それに熱狂する人が多くいるのが不可思議である。

レストランに行って、「えっと、こちらは、手間暇かけた料理に見えるかもしれませんが、これ、レンジでチンしただけなんすよ」と言われたら、不快になると思うのだが、不快にならないのだろうか。“

 

自分の読書の目的とかけ離れているから悪いとは言えませんし、自分のレストランで手間暇かけた料理がチンしただけだと知っても、価格が妥当で美味けりゃ良いと思う人はいくらでもいます。

 

こういうのは、よく表現しても読書感想文、悪く言えば、やはり単なる悪口です。

 

例えば、逆に「何が簡素ではないシンキングなのか」を、論理的に説明しながら批評する必要があります。武田氏が書いた批評は、原田隆之氏の「疑似科学批判」と同じで、一次情報を用いた根拠がありません。

 

一次情報を用いながら根拠をきちんと付けると、批評のハードルは数段上がり、ものすごく時間がかかるようになります。DaiGoの本を5冊通読するなど、たいした時間はかかりません。

 

その丁寧さが必要なのだと、私はこの記事で主張しています。そうでなければ、インターネットを通じた個人感想文(悪口)合戦になってしまいます。

 

それは特に意味もなく、空虚です。

 

“DaiGoはホームレス状態の人を支援してきた人に話を聞いて実情を学ぶことにしたという。それ自体は大切な働きかけだとは思うものの、こうして、彼の主張を追いかけてみると、常に効率性を重視し、深い議論をするのはコスパが悪いからと手短に論破する方法を推奨し続けてきたとわかる。

となれば、今回の判断も、自分に向かう厳しい声を素早く鎮火する手段に思えてならない。“

 

今の時代、誰もが何事も効率性を求めていて、逆に効率を求めずに仕事をしている人を探すのが困難なほどです。それが社会的制裁を受けるべき理由にはならないでしょう。

 

武田氏の指摘は概ね正しいとは思うのですが、批判すべきことなのか根拠に欠けること、本を読んだ感想文になっていること(著書の一次情報の扱いに関する記述がゼロ)が問題かと私は思います。

 

他にもいくらかの「DaiGo炎上問題評論」を読みましたが、発言の責任を追求するものや、DaiGoのビジネスを根拠をつけずに批評するものばかりで、そういうのはもうやめませんか?と提案したいです。

 

では次の記事で、DaiGoは一次情報を誠意を持って扱っているか否かという視点で、私がDaiGoの仕事を評論します。

 


※「一次情報」と口うるさく書きましたが、誰も知らない未知の発見に対しては一次情報はつけられません。原典を確認し、批評もきちんと根拠をつけて行うべきだというのがこの記事の趣旨です。

 

コロナワクチンの副反応報告は不十分(Twitterまとめ)

コロナワクチンのことは未知な部分があるので、この記事では有害事象数を掲載する厚労省データは「一次情報として不十分だから報告が厳しく義務付けられるべき」という意見で書いてます。

 

言語で全てを説明するって難しいですよね。念のための追記です。


 

メンタリストDaiGoの炎上問題より Part.1〜Part.3 + 1

  1. 「言葉だけ」で人を判断するのはもうやめませんか? **
  2.  社会人は謝罪で許すな、仕事で許せ①  **
  3.  社会人は謝罪で許すな、仕事で許せ②  **
  4.  解説:「言葉だけ」で人を判断するのはもうやめませんか? **

 


 

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藤原 悠馬生化学講師、占星術講師、EMFA1級電磁波測定士。

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