「リファレンスを読もう!」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その2〜

みなさま、論文の和訳はお読み頂けましたでしょうか?

 

・論文内に展開される主張のリファレンス(参考文献:エビデンス、根拠)まで確認する重要性。

・「論文がある」だけでは「物事の証拠」にはならない。

 

この2点、しっかり腑に落とせる内容になっております。どうぞお楽しみください。

 


 

新型コロナウィルス感染症「まじめに論文チェックシリーズ」

★    崎谷博征氏のフェイスブック投稿「やはりマスクは危険である」(リンク

1. 「マスクで低酸素血症にはならない」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その1〜(リンク

2. 【全文和訳】マスクは危険のエビデンス論文【読んでみよう】リンク)←この論文を査読しています。

3. 「リファレンスを読もう!」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その2〜(リンク

4.「科学的にマスクを知る(前編)」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その3〜(リンク

 


 

掲載ジャーナル:Med Hypotheses. 2021 Jan; 146: 110411.

タイトル:Facemasks in the COVID-19 era: A health hypothesis(COVID-19時代のフェイスマスク。健康の仮説)

著者:Baruch Vainshelboim

著者の所属:Cardiology Division(心臓学部門), Veterans Affairs Palo Alto Health Care System(退役軍人省のヘルスケアシステム)/Stanford University(スタンフォード大学), Palo Alto, CA, United States. Electronic address: baruch.v1981@gmail.com.

全文リンクPubMed

 

上記論文を検証(査読)していきます。元ネタの崎谷博征医師のFB投稿はこちら

 

論文著者Vainshelboim氏の引用:茶色文字

他の引用:濃青文字

 

で表示しております。和訳記事をもうひとつのブラウザで開いておいて、当記事と合わせて確認しながらお読み頂けると分かりやすいかと思います。では最初から順番にいってみましょう!

 

要約(アブストラクト)

まずアブストラクト(概要、要約)ですね。ここに論文の趣旨の要約があります。

 

“フェイスマスクの有効性を裏付ける科学的根拠は乏しく、生理的、心理的、健康的な悪影響が確認されています。フェイスマスクは安全性と有効性のプロファイルが損なわれており、使用を避けるべきであるという仮説が立てられている。”

 

はい、この主張を以下にまとめます。

 

1. マスクの有効性を裏付ける科学的根拠がない。

2. それどころか生理的、心理的、健康的な悪影響が確認されている。

3. 従って使用を避けるべきという仮説を立てた。

 

著者記述の通り、「医療仮説」というジャーナルの「仮説を立てた」とする論文ですから、ただの「仮説」に過ぎませんが、コロナ禍でのマスクの有効性に欠けること、さらには健康に悪影響であると「確認されている」と主張しています。

 

それが本当かどうかを、ひとつひとつ、リファレンス(根拠のエビデンス)を確認しながら見ていきます。

 

イントロダクション

ここはマスクに対する一般情報です。3種のマスクのタイプについて解説しています。N95マスク、サージカルマスク、布マスクです。

 

・N95マスク

N95マスクの「95」とは、塩化ナトリウム(空力学的質量径0.3μm)の捕集効率試験で95%以上捕集することを意味しています。 N95マスクは、5μm以下の飛沫核に付着した病原体を捕集することができ、着用者の呼吸器への病原体の進入を防ぐ能力が高いマスクです。(1)

 

サージカルマスク(医療用マスク)

サージカルマスク(医療用マスク)は、基本的に不織布で作られ、3層構造になっています。日本にサージカルマスクの厳密な定義はないようですが、私たちがどこでも買うことができる、一般的な使い捨てマスクのことを指していると考えて良いでしょう。

 

・布マスク

布マスクは、名前の通り、布製の繰り返し利用可能なタイプのマスクです。

 

日常的に私たちが着用するのは、サージカルマスク、または布マスクのどちらかです。N95マスクをいつも着けている人はいないでしょう。

 

マスクの種類によって飛沫やエアロゾルの濾過能力は異なります。またいずれのタイプにおいても、マスクの層数、繊維の素材、直径、密度、帯電性などで濾過能力が異なります(2)(3)。特に布マスクに関しては、素材と構造によって病原体の濾過能力に大きな差が出るでしょう。マスクについて検証するには、マスクの特性を考慮することが必須です。

 

仮説

まあそもそも「仮説」なんですけどね(笑)マスクにフォーカスした内容だけを抜粋していきます。

 

“しかし、フェイスマスクは呼吸を制限し、低酸素血症や高呼吸を引き起こし、呼吸器系の合併症、自己汚染、既存の慢性疾患の悪化などのリスクを高めるという事実から、防護戦略としてフェイスマスクを着用することの科学的・臨床的根拠は明らかではありません[2], [11], [12], [13], [14]。”

 

イントロダクションでせっかくマスクの分類をしたのに、一体どのマスクを指しているのか不明です。論文全体から察するに「全部のマスクが健康に悪いし防護戦略としての科学的・臨床的根拠が明らかではない。」と主張したいのでしょう。しかしマスクによって濾過能力が異なるにも関わらず、全てを一緒にして結論を決めつけるのは非科学的です。

 

出だしから危うい感じですが、リファレンス(エビデンス)が5つ示されていますから確認します。

 

2. World Health Organization. Advice on the use of masks in the context of COVID-19(COVID-19のコンテキストにおけるマスクの使用に関するアドバイス。). Geneva, Switzerland; 2020.
11. American College of Sports Medicine . Sixth ed. Lippincott Wiliams & Wilkins; Baltimore: 2010. ACSM’s Resource Manual for Guidelines for Exercise Testing and Priscription(ACSMの運動負荷試験と処方のガイドラインのリソースマニュアル). []
12. Farrell P.A., Joyner M.J., Caiozzo V.J. second edition. Lippncott Williams & Wilkins; Baltimore: 2012. ACSM’s Advanced Exercise Physiology(ACSMの運動生理学の上級編。)[]
13. Kenney W.L., Wilmore J.H., Costill D.L. 5th ed. Human Kinetics; Champaign, IL: 2012. Physiology of sport and exercise(スポーツと運動の生理学). []
14. World Health Organization. Advice on the use of masks in the community, during home care and in health care settings in the context of the novel coronavirus (2019-nCoV) outbreak(新型コロナウイルス(2019-nCoV)の発生に伴う、地域社会、在宅介護中、医療現場でのマスクの使用に関する助言). Geneva, Switzerland; 2020.

 

[2]と[14]はWHO(世界保健機構)の公文書ですね(4)。英文ですが、PDFをダウンロードし、文章をコピペして翻訳アプリに貼り付ければ確認できます。以下、WHOの声明を一部抜粋。

 

コミュニティ環境でのマスク使用

・ WHOは、一般市民が屋内(店舗、共同作業場、学校など-詳細は表2を参照)または屋外で、少なくとも1メートルの物理的距離を保つことができない環境では、医療用ではないマスクを着用するよう助言しています。
・屋内の場合は、換気が十分であると評価されていない限り、1メートル以上の物理的距離が保てるかどうかに関わらず、一般市民は非医療用マスクを着用すべきであるとWHOは助言しています。
・COVID-19による重篤な合併症のリスクが高い人々は(60歳以上の人、心血管疾患や糖尿病、慢性肺疾患、がん、脳血管疾患、免疫抑制などの基礎疾患を持つ人)は、物理的に1メートル以上の距離を保つことができない場合、医療用マスクを着用する必要があります。

 

まず、当然ながらWHOはマスクの着用を推奨しています。次に来るのは、マスクをすることに対しての健康上の潜在的なメリットとデメリットについての記述です。

 

一般の健康な人がマスクを使用することによる潜在的なメリットは以下の通りです。

・症状が出る前の感染者を含む、感染性ウイルス粒子を含む呼吸器飛沫の拡散の抑制。

・他人への感染を防ぐため、あるいは非臨床環境でCOVID-19患者をケアする人々がマスクを着用することで、汚名を着せられる可能性が減り、受け入れられるようになる。

・ウイルスの拡散防止に貢献できることを人々に実感してもらう。

・手指の衛生、目・鼻・口に触れないなどの同時感染防止行動を奨励できる。

・結核やインフルエンザなど他の呼吸器系疾患の感染を防ぎ、パンデミック時の負担を軽減する。

 

まず、WHOは「症状が出る前の感染者を含む、感染性ウイルス粒子を含む呼吸器飛沫の拡散の抑制」がマスクのメリットだとしています。無症状の人(健康な人)もマスクをしましょうという話ですね。

 

一般の健康な人がマスクを使用することによる潜在的なデメリットは以下の通りです。

・使用するマスクの種類によっては、頭痛や呼吸困難を起こすことがある。

・頻繁に長時間使用した場合、顔面の皮膚病、刺激性皮膚炎、またはニキビの悪化を引き起こす。

・特に聴覚障害者や読唇術を使う人の場合、はっきりとしたコミュニケーションが困難であること。

・不快感。

・誤った安心感から、物理的な距離を置くことや手指の衛生管理など、他の重要な予防策の遵守率が低下する可能性がある。

・特に幼い子供のマスク着用率が低い。

・廃棄物管理の問題;不適切なマスクの廃棄は、公共の場でのゴミの増加や環境破壊につながります。

・特に、子供、発達障害のある人、精神疾患のある人、認知障害のある人、喘息や慢性的な呼吸器・呼吸障害のある人、顔面外傷や最近の口腔顎顔面手術を受けた人、高温多湿の環境に住んでいる人などは、マスクを着用することが不利になったり、困難になったりします。

 

著者が引用しているのは、おそらくここです。使用するマスクの種類によっては頭痛や呼吸困難を起こすことがあるとしています。これは一例を出せば、感染への不安からN95のような遮断性の高いマスクをする一般の方へ向けての注意喚起の意味等を含むでしょう。

 

あとはごく一般的な話です。「マスクで皮膚炎やニキビが悪化する、発生する潜在的な可能性もあるから注意しましょう。」という誰でも想像できる当たり前のことを、想定できる問題に対して声明を出しているだけでしょう。

 

例えばの話をしますが、屋外で他者と接する時、飛沫が飛ばない距離を保っているならマスクをする必要はありません。それにも関わらず、何も考えない人が他人にマスクを強制させたり、本人が誤った義務感でマスクをずっと続けたりすることも起こりますよね。そこで皮膚炎を起こしやすい人が健康の被害を受ける可能性もありますから、「必要な場所ではマスクをつける、そうで無い場所では外しておくのが良い。」という話をしているだけかと思います。

 

次に行きます。著者のリファレンス[12][13][14]は全て運動生理学の参考書やガイドラインのようです。まさか参考書に「どんな状況でもマスクを長時間着用すると低酸素血症になる」など書いてあるはずがありませんから、マスクに関しては運動中の着用の問題に関して記述があるのでしょうか?

 

確認できないので知り得ませんが、そこに関しては、WHOも「運動中はマスクをしないでください」と公式に声明を出しています。(5)

 

事実:運動中はマスクを着用しないでください
マスクは快適な呼吸能力を低下させる可能性があるため、運動中はマスクを着用しないでください。

汗をかくとマスクが早く濡れて呼吸が困難になり、微生物の増殖が促進されます。運動中の重要な予防策は、他の人から少なくとも1メートルの物理的な距離を維持することです。

 

ちなみに、同ページに「事実:適切に着用した場合の医療用マスクの長期使用は、CO2中毒や酸素欠乏を引き起こしません」という記述もあります。

事実:適切に着用した場合の医療用マスク*の長期使用は、CO2中毒や酸素欠乏を引き起こしません

医療用マスクの長期使用は不快な場合があります。ただし、CO2中毒や酸素欠乏にはつながりません。医療用マスクを着用している間、それが適切にフィットし、正常に呼吸できるように十分に締まっていることを確認してください。使い捨てマスクを再利用しないでください。湿ったらすぐに交換してください。

*医療用マスク(サージカルマスクとも呼ばれます)はフラットまたはプリーツです。それらはストラップで頭に固定されているか、耳のループがあります。

 

はい、ここで著者の論文を再確認します。

 

“しかし、フェイスマスクは呼吸を制限し、低酸素血症や高呼吸を引き起こし、呼吸器系の合併症、自己汚染、既存の慢性疾患の悪化などのリスクを高めるという事実から、防護戦略としてフェイスマスクを着用することの科学的・臨床的根拠は明らかではありません[2], [11], [12], [13], [14]。”

 

[11][12][13]の運動生理学の参考書は読むことができませんが、あくまで運動中にマスク着用を推奨しないと書いてあるだろうことは容易に想像がつきます。

 

Vainshelboimが示した5つのエビデンスから分かることは以下です。

 

「(種類を問わず)フェイスマスクは呼吸を制限し、低酸素血症や高呼吸を引き起こし、呼吸器系の合併症、自己汚染、既存の慢性疾患の悪化などのリスクを高めるという事実」というVainshelboimの主張のエビデンスにはそれが運動中以外に発生する理由がどこにも記述が無い。また、そう解釈することも不可能。

 

書くのが馬鹿らしい当たり前の話ですが(笑)。また、WHOは科学的根拠からマスクをすることを推奨しています。

 

この時点で、この著者はデタラメを言っているなと見切りをつけ、論文を読むのはやめて大丈夫です。ここまでのレベルでこじつけと誤引用(恣意的な不正と考えて間違いない)を展開をする人は、ほぼ信用できないでしょう。

 

しかし、皆さんにはエビデンスの論文が存在する(しかもあの有名なスタンフォード大学所属の人が書いた?!)」という話だけでは信用に足りませんよという事実を徹底的にご理解いただくために、続けていきましょう。

 

“特に、高酸素または酸素補給(海面上の高い酸素分圧の空気を吸うこと)は、呼吸器系の合併症を含む様々な急性および慢性疾患の治療および治癒方法として確立されています[11]、[15]。”

 

[11]は、前述の「ACSM’s Resource Manual for Guidelines for Exercise Testing and Priscription(ACSMの運動負荷試験と処方のガイドラインのリソースマニュアル)」ですね。[15]は以下です。

 

15. Sperlich B., Zinner C., Hauser A., Holmberg H.C., Wegrzyk J. The Impact of Hyperoxia on Human Performance and Recovery(高酸素状態が人間のパフォーマンスと回復に与える影響). Sports Med. 2017;47:429–438. [PubMed[]

 

これはSports Medicine(スポーツ医学)というジャーナルに掲載の論文です。アブストラクトを読む限り、「1975年から2016年の間に発表された89件の研究を対象としたこの文献レビューでは運動中の高酸素は健康への懸念が示されましたが、長期的な適応についてはまだ結論が出ていない(ので、それを検証する)」という趣旨です。

 

「酸素吸入が様々な急性および慢性疾患の治療および治癒方法として確立されています」という話はどこにも書いてありません。

 

“実際、COVID-19の入院患者に対する現在の標準的な治療方法は、100%の酸素を吸入することです[16], [17], [18]。”

 

これはあまりに馬鹿げている話なのでリファレンスは確認しません。COVID-19はSARS-COV-2(新型コロナウィルス)によって発症します。SARS(severe acute respiratory syndrome / 重症急性呼吸器症候群)によって急速に呼吸促迫と酸素飽和度の低下が進行し、ARDS(急性呼吸窮迫症候群)へ進行し死亡する例もあります。(6)(7)

 

したがって、酸素吸入を必要とします。COVID-19に関わらず、低酸素血症や呼吸困難症状において酸素吸入は必要です。ウィルスに特異的な治療法として確立されているわけじゃない。主張がぶっ飛びすぎていて、何を説明すべきか悩みました。

 

次いきます。

 

“いくつかの国では、医療現場や公共の場でのフェイスマスクの着用が義務付けられていますが、感染症やウイルス性疾患に関連する罹患率や死亡率の低下に対する有効性を裏付ける科学的な証拠はありません[2], [14], [19]。”

 

[2][14]はWHO文書ですね。WHOは科学的根拠に基づいて、マスクだけでは不十分だが(ソーシャルディスタンス、手指の消毒、屋内では換気なども必要)パンデミックを抑えるためにマスクをしましょうと言っているのですけどね…。

 

19. MacIntyre C.R., Seale H., Dung T.C., Hien N.T., Nga P.T., Chughtai A.A. A cluster randomised trial of cloth masks compared with medical masks in healthcare workers(医療従事者を対象とした布製マスクと医療用マスクの比較によるクラスターランダム化試験). BMJ open. 2015;5 [PMC free article] [PubMed[]

 

[19]の論文は、2015年の主にインフルエンザに関するマスクの有効性を検証したRCT(ランダム化比較試験)です。結論として布製マスクのインフルエンザウィルスに対する防御能の脆弱性を指摘しています。インフルエンザに対する防御能が、布マスクはサージカルマスクと比較して半分ほどしかないという結果が出ました。したがって、著者は「リスクの高い状況では、布製マスクを医療従事者に推奨すべきではない」と結論付けています。

 

新型コロナのパンデミックが発生する以前に、マスクに関する研究は数多くありませんでした。著者はこの研究を「布マスクの最初のRCTである」とし、「この研究デザインでは、サージカルマスクに有効性があるかどうか、または布製マスクが感染リスクの増加を引き起こして医療従事者に有害であるかどうかを判断することはできません」と述べています。布マスクの質に関して定義していませんし、研究数が少なすぎるので分析には限界があります。

 

また最も重要な事として、この研究はマスクをしていないグループと、マスクをしているグループの比較ではありません。比較するグループはサージカルマスク群、布マスク群、コントロール群の3つに分かれており、コントロール群は「通常の慣行」で、マスクをしている人が含まれています。

 

すでに大量のマスクの有効性を示すエビデンス(今後の記事で多数紹介していきます)が存在するにも関わらず、研究が進んでいない時点の古い文献のみをピックアップして、それすらもある一部分を恣意的に抜き取り、研究報告を歪めて利用するのは、エイズ否認主義者も頻繁に行うことでした(8) 。コロナ否認主義者も変わることがありません。

 

”そこで、以下のような仮説を立てました。

1) フェイスマスクを着用する習慣は、安全性と有効性のプロファイルが損なわれている、

2) 医療用および非医療用のフェイスマスクは、SARS-CoV-2およびCOVID-19のヒトからヒトへの感染および感染性を減少させる効果がない、

3) フェイスマスクの着用は、生理学的および心理学的な悪影響を及ぼす、

4) フェイスマスクの着用が健康に及ぼす長期的な影響は有害である。”

 

そこで、、、と言われても、ここまでが全て「誤引用に基づいたこじつけ」ですから、仮説というよりも妄想と言わざるを得ない状態です。

 

仮説の進化

仮説の進化ってなんだ?と思いますが、「呼吸の生理学」のパートからいきましょう。

 

“一方、慢性的な低酸素血症および過呼吸は、健康状態の悪化、既存症状の悪化、罹患率、そして最終的には死亡率を引き起こします[11], [20], [21], [22]。”

 

11番は前述の「運動負荷試験のガイドライン」です。確認することが出来ませんが、低酸素血症や過呼吸について記述があるのでしょう。20、21、22の文献は次の文章でも引用されていますので見てみましょう。

 

“救急医療では、心停止中に5~6分間の重度の低酸素血症が続くと、極めて低い生存率で脳死に至ることが実証されています[20], [21], [22], [23]。”

 

20番から23番は全て「心肺蘇生法」に関する論文でした(引用は省略します。前記事で確認してください)。慢性及び急性の低酸素血症の問題については分かります。この文章、引用それ自体は間違っていません。

 

“一方、フェイスマスクの着用などによる慢性的な軽度・中度の低酸素症や高過呼吸は、嫌気性エネルギー代謝の寄与率を高め、pH値の低下や細胞・血液の酸性度の上昇、毒性、酸化ストレス、慢性炎症、免疫抑制、健康の悪化などを引き起こします[24], [11], [12], [13]。”

 

ここで「マスクの着用が慢性的な軽度・中度の低酸素症や過呼吸につながる」と述べています。そのリファレンスの11、12、13番は、運動負荷試験のガイドラインと、運動生理学の教科書です。マスクを着用した日常動作で「慢性的な軽度・中度の低酸素症や過呼吸につながる」とはまず書かれていないでしょう。これは誤引用です。まともな査読にかかれば、リバイズ(修正)のチャンスすら与えられず、リジェクト(掲載拒否)は間違いないでしょう。

 

新しく出てきたリファレンスは24番です。

 

24. Chandrasekaran B., Fernandes S. “Exercise with facemask; Are we handling a devil’s sword(フェイスマスクを使ったエクササイズ、悪魔の剣を扱っていませんか?)?” – A physiological hypothesis. Med Hypotheses2020;144 [PMC free article] [PubMed[]

 

出ました、Medical Hypothesesです。誤解なきように伝えますが、Medical Hypothesesから出ている論文は全部ダメだという話ではありません。しかし論文タイトルから客観性の欠如とマスクに反対したい気持ちが滲み出ています。

 

まあそれはいいとして、引用れたChandrasekaranらのこの論文(24番)は、「N95などの密閉性の高いマスクをして激しい運動をすることへの危険性」を論文で訴えています。それはごもっともな話です。しかしN95マスクをつけて激しい運動する人ってどこにいるの?と疑問は湧きます。

 

まあ20万円の掲載料を支払ってでも特殊な人へ向けてメッセージを送りたかったのだとして、それは個人の自由です。しかし内容には主張と根拠(リファレンス)が一致していない所が多々あります。中でも問題の一文が以下。これに付随するストーリーがあり、少々長くなりますが、ついてきてください。

 

“WHOはCovid-19の患者にのみマスクを推奨していますが、地域住民の間ではマスクの使用は道徳的に「悪用」されています[12]。”

 

新型コロナウィルスのパンデミックが始まった当初、WHOはマスクの有効性を軽視していた事と、「医療者のために取っておくべきだ」という理由で、無症状の一般人には着用を推奨していませんでしたが(9) (10) 、

マスクの有効性を示すエビデンスが多数報告されるようになった為に、WHOは6月5日に「各国政府に対し、一般市民のマスク着用を奨励するよう助言する」と、新たな研究結果を踏まえた結果として報告しています。(11

 

Chandrasekaranらの論文がMedical Hypothesesへ提出されたのは2020年の6月8日だったようです。まさか大ニュースを知らないはずがありませんから、恣意的に訂正を行わなかったと考えられます。

 

何より、「地域住民の間ではマスクの使用は道徳的に「悪用」されています[12]」という文章のリファレンス12番は2020年4月に掲載されたもので、マスクをする習慣に馴染みのない欧米ではマスクを常時着用することへの反対意見も多かったのですが、「マスクは健康に害を及ぼす可能性は低いが、大きな利益をもたらす可能性があるため、マスクの有効性に関する決定的なエビデンスを待たずに着用を実践していくことは倫理的である」という予防原則を主張したものでした。(12

 

ここには、「運動中にまでマスクをつけるべきだ」とは一言も書いていません(ましてやN95などの密閉性の高いマスクをして激しい運動を推奨するという記述など皆無)。

 

WHOの声明も誤って伝えた上に、参照にした論文の意見まで歪めて伝えているのは科学的な態度とは言えず、倫理的に問題があります。参照にした論文の著者GreenhalghはMedical Hypothesesに、Chandrasekaranらの論文(13)に対するコメントを提出しました(14) 。

 

コメントの主たる内容は以下です。

 

  1. 2020年6月8日時点で既に多数のマスクの有効性に関する論文が報告されつつある中で、「感染拡大を防ぐためにマスクを着用する必要があるか否かは論議の余地がある」と主張する論文がたった1つしかない。
  2. そもそも評判の良いエクササイズの指導者は、激しい運動中にマスクをするなら布マスクを推奨していて、N95等の遮断性の高いマスクをしながらの激しい運動を推奨していない。
  3. WHOと私たちの論文のメッセージが歪めて伝えられている。
  4. マスクをしながらの運動で低酸素血症を起こすというエビデンス論文が、それを立証していない。

 

当然の主張であり、一般的なジャーナルでは、Chandrasekaranらの論文は受理される内容ではありません。Medical Hypothesesの査読システムは未だ全く機能していないことが分かります。Medical Hypothesesへコメントとしての文書を掲載するために掲載料がかかるか否かを私は知りませんが、もし掲載料が発生するのであれば非常に迷惑な話だと思います。査読なしで掲載された論文に、Greenhalghらの論文が歪んた形で引用され、反証を書くにも時間を浪費し、なんの利益もないのに掲載料を支払うことになります。

 

この責任は、Medical Hypotheses編集長、および出版社のエルゼビアにあると私は考えます。

 

明らかに偏った視点、誤った情報、悪意と誤解されても致し方がない表現を伴い「WHOはCovid-19の患者にのみマスクを推奨していますが、地域住民の間ではマスクの使用は道徳的に「悪用」されています[12]」と書いてしまったからこそChandrasekaranは、Greenhalghより「私たちのメッセージを歪めている」と返答を受けました。非常に丁寧な論文の「実質的な査読」と共にです。

 

それに対して、ChandrasekaranはGreenhalghのコメントに対して返答していますが(15)、以下に一文を抜粋します。

 

「第4に、COVID 19 [3]でのフェイスマスクの使用に関する著者の作業を尊重し、著者やその論文の感情を害することを意図したものではありません。私たちの仮説からのメッセージはひどく誤解されていると感じています。」

 

具体的な謝罪をするどころか、「誤解されているのは我々だ」という卑怯な言い訳を伴う「言い返し」です。

 

私もこのようなやりとりをした経験が多々あるので、Greenhalghには同情します。明かに科学的な論議の上でのルールを破っているのはChandrasekaranなのですが、彼は話を受け入れる気がありません。Greenhalghは時間とエネルギーをただ浪費するだけです。皆さんにも、文献(13)(14) (15)を、このブログ記事と合わせてぜひ読んで頂きたいです。「科学論文」という世界も様々であること、論理的にものを考える人間と、感情にまかせて行動する人間とは、決して交われない様子が見て取れるかと思います…。

 

リファレンスを確認する重要性

そろそろ頭がいっぱいになってきたと思いますので、ここで休憩しましょう。論文内に展開される主張のリファレンス(参考文献:エビデンス、根拠)まで確認することがいかに大事か、これを機にご理解頂けたなら嬉しいです。

 

「◯◯と示す論文がある」だけでは「◯◯が事実である証拠」にはなりません!

 

続きの査読は、週明けの月曜日に投稿させて頂きます。

 

↓リファレンスまでぜひチェックしてください↓

リファレンス(参考文献、web)

(1) 職業感染制御研究会ホームページ特設コーナー「N95マスクの選び方・使い方 」

(2) Abhiteja Konda et al. “Aerosol Filtration Efficiency of Common Fabrics Used in Respiratory Cloth Masks(呼吸用布マスクに使用される一般的な布地のエアロゾルろ過効率)” ACS Nano. 2020 Apr 24 : acsnano.0c03252.

(3)A Tcharkhtchi et al. “An overview of filtration efficiency through the masks: Mechanisms of the aerosols penetration(マスクによるろ過効率の概要。エアロゾルの透過のメカニズム)” Nat Med. 2020 May;26(5):676-680.

(4) WHO. “Mask use in the context of COVID-19” Interim guidance, 1 December 2020

(5) WHO. “Coronavirus disease (COVID-19) advice for the public: Mythbusters(コロナウイルス感染症(COVID-19)についての一般向けアドバイス。迷信バスターズ)” 2021年5月5日

(6) 重松美加、岡部信彦「SARS(重症急性呼吸器症候群)とは」国立感染症研究所感染症情報センター 

(7) Bhakti K. Patel , MD, University of Chicago. “急性呼吸窮迫症候群(ARDS)” MSDマニュアル家庭版

(8) セス・C・カリッチマン(著) 野中香方子(訳) 「エイズを弄ぶ人々 疑似科学と陰謀説が招いた人類の悲劇」化学同人 (2011/1/29)

(9) BBC News Japan YouTube. “新型ウイルスにマスクや手袋は有効? BBC番組が解説” 2020/03/04

(10) デイヴィッド・シュクマン科学担当編集長 “マスクを着けるべきなのか? WHOが最新研究を検討” BBC News Japan. 2020年4月2日

(11) BBC News Japan “WHO、マスク指針を大転換 密接場面での着用を推奨” – 2020年6月6日

(12) Trisha Greenhalgh et al.”Face masks for the public during the covid-19 crisis(covid-19危機の間の公衆のためのフェイスマスク)” BMJ. 2020 Apr 9;369:m1435. 

(13) Baskaran Chandrasekaran et al. “Exercise with facemask; Are we handling a devil’s sword?” – A physiological hypothesis(フェイスマスクを使ったエクササイズ、悪魔の剣を扱っていませんか?- 生理的仮説)” Med Hypotheses. 2020 Nov; 144: 110002.

(14) Trisha Greenhalgh et al. “Exercising and face masks: An important hypothesis buried in a selective review(エクササイズとフェイスマスク:選択的なレビューに埋もれている重要な仮説)” Med Hypotheses. 2020 Nov; 144: 110255.

(15) Baskaran Chandrasekaran et al.”Dr. Chandrasekaran’s reply to “Exercising and face masks: An important hypothesis buried in a selective review(「エクササイズとフェイスマスク:選択的なレビューに埋もれている重要な仮説」に対するチャンドラセカラン博士の回答)” Med Hypotheses. 2020 Nov;144:110302.

 

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