「科学的にマスクを知る(前編)」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その3〜

「マスクは危険」のエビデンスを検証するシリーズの第3話です。

 

私がマスクの話から始めているのは、夏になるとより論争が激化するトピックなので、この時期最初に書いておきたかったことがありますが、専門用語なしに誰でも理解できる内容でありながら、マスク一つから以下のような重要事項を理解できることにあります。

 

①論文の存在だけではエビデンスにならず、撤回される論文には正当な理由があること。

②優しい内容から、科学そのものは誠実で、公平な立場にあると理解できること。

③1つの話題から、反現代医療、反ワクチン、反体制の人々の不誠実さを深く理解できること。

④優しい内容ですら、感情によるフィルタリングで理解が出来なくなってしまうこと。

 

「マスクに意味があるのか、ないのか」という結論以上のことを、この連載から感じてもらえたら嬉しいなと思っています。

 

新型コロナウィルス感染症「まじめに論文チェックシリーズ」

★    崎谷博征氏のフェイスブック投稿「やはりマスクは危険である」(リンク

1. 「マスクで低酸素血症にはならない」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その1〜(リンク

2. 【全文和訳】マスクは危険のエビデンス論文【読んでみよう】リンク)←この論文を査読しています。

3. 「リファレンスを読もう!」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その2〜(リンク

4.「科学的にマスクを知る(前編)」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その3〜(リンク

 


前回の記事では、論文のリファレンス(参考文献、エビデンス)まで確認する重要性を説明しました。今回もその流れを汲みますが、2回に分けて「科学的に考える」ことの大切さをお伝えしたいと考えています。

 

では「マスクは危険論文」の続きを査読していきましょう。

 

仮説の進化 – フェイスマスクの有効性

以下は反マスク派の意見で非常によく聞くものです。

 

”医療用と非医療用のフェイスマスクの物理的特性は、そのスケールの違いから、フェイスマスクがウイルス粒子をブロックする効果がないことを示唆している[16], [17], [25]。現在の知見によると、SARS-CoV-2というウイルスの直径は60nm~140nm[ナノメートル(10億分の1メートル)][16][17]であるのに対し、医療用および非医療用フェイスマスクの糸の直径は55μm~440μm[マイクロメートル(100万分の1メートル)]であり、1000倍以上の大きさである[25]。”

”SARS-CoV-2の直径とフェイスマスクの糸径の大きさの違い(ウイルスの方が1000倍小さい)により、SARS-CoV-2はどんなフェイスマスクでも容易に通過することができる[25]。”

”さらに、フェイスマスクの効率的なろ過率は低く、非医療用(非サージカル)の綿ガーゼ織マスクの0.7%から綿スウィーター素材の26%まである[2]。医療用(サージカル)やN95医療用のフェイスマスクでは、マスクと顔の間に少しでも隙間があると、濾過率はそれぞれ15%、58%にまで低下する[25]。”

 

要するに「マスクの繊維の網目よりもウィルス粒子はずっと小さいから、ウィルスはマスクを簡単に通過するためマスクは意味がない」という主張ですね。

 

崎谷博征医師も同じことを言っています。彼はウィルスは存在しないことが前提なので、呼気から放出されるのはエクソソームであるという理論ですが、言っていることは同じです。

 

 

Vainshelboimは2、16、17、25番の4つのリファレンスを主張のエビデンスとしています。2番は論文の前半でも引用されているWHO(世界保健機構)の文書です(1)。

 

”さらに、フェイスマスクの効率的なろ過率は低く、非外科用の綿ガーゼ織マスクの0.7%から綿スウィーター素材の26%まである[2]。”

 

WHO文書には、この主張の根拠が見当たりませんでした。サージカルマスクよりもN95マスクの方が病原体の濾過率が高いという記述ならありましたが。そもそもWHOはマスクが有効だとして着用を推奨しています。

 

では残りの3つの論文(16,17,18番)を順番に見ていきましょう。

 

[16] W Joost Wiersinga et al.
“Pathophysiology, Transmission, Diagnosis, and Treatment of Coronavirus Disease 2019 (COVID-19): A Review. (コロナウイルス感染症2019(COVID-19)の病態生理、感染、診断、治療。レビュー)”
JAMA. 2020 Aug 25;324(8):782-793. [PubMed

 

JAMAという一流誌掲載の論文ですね。引用したと思われる文章は以下です。新型コロナウィルスの大きさを記述しています。

 

“SARS-CoV-2は、直径が60nmから140nmで、9nmから12nmの特徴的なスパイクを持ち、ウイルスが太陽のコロナのように見える(図2)。”

 

Vainshelboimは「フェイスマスクがウィルス粒子をブロックする効果がないことを示唆している」として、JAMA掲載論文を引用していますが、新型コロナウィルスの大きさ以外には、マスクの効果を示唆できるような記述が見当たりません。

 

それどころか、引用論文は以下のように結論づけています。

 

“マスクは感染予防に効果がありますか?

はい。フェイスマスクはウイルス性呼吸器感染症の拡大を抑制します。N95呼吸器とサージカルマスクはどちらも(マスクをしない場合と比べて)かなりの防護効果があり、サージカルマスクは布製マスクよりも防護効果が高いです。しかし、物理的な距離を置くこともウイルス感染の大幅な減少と関連しており、距離を置けば置くほど保護効果が高くなります。また、手指や環境の消毒などの対策も重要です。”

 

マスクはウィルス性呼吸器感染症の拡大を抑制し、(マスクをしない場合と比べて)かなりの防護効果があると書いてありますね。

 

”医療用と非医療用のフェイスマスクの物理的特性は、そのスケールの違いから、フェイスマスクがウイルス粒子をブロックする効果がないことを示唆している[16], [17], [25]。”

 

再掲しますが、これがVainshelboimの主張です。JAMA掲載論文を根拠として「マスクが効果がないことを示唆している」というのは明らかに不正な引用ですね。文献の著者はそんなことを書いておらず、またそのような仮説を立てられるような実験データなども一切含まれていません。

 

次、文献17番を見てみましょう。

 

Na Zhu et al.
A Novel Coronavirus from Patients with Pneumonia in China, 2019
中国の肺炎患者から検出された新規コロナウイルス(2019年)
N Engl J Med. 2020 Feb 20;382(8):727-733.
[PMC free article] [PubMed

 

これは、新型コロナの歴史的第一報となった論文ですね(2)。16番論文と同じように、ウィルス粒子の大きさについての記述はあります。それ以外には、何もありません。パンデミックの危機のある新型コロナウィルスが発生したという中国からの報告と共に、マスクに意味がないなど書く訳がないですね。中国人はマスクをする習慣が元々ありますから。

 

最後は文献25番です。これは私の前回記事<「論文が撤回される理由」マスクが危険って本当ですか?その2>で参考文献として利用しました。以下文章の引用論文2番と同じものです。

 

“マスクの種類によって飛沫やエアロゾルの濾過能力は異なります。またいずれのタイプにおいても、マスクの層の厚さ、数、繊維の直径、密度、帯電性などで濾過能力が異なります(2)(3)。”

 

Abhiteja Konda et al.
“Aerosol Filtration Efficiency of Common Fabrics Used in Respiratory Cloth Masks(呼吸用布マスクに使用される一般的な布地のエアロゾルろ過効率)”
ACS Nano. 2020 Apr 24 : acsnano.0c03252.
[PMC free article] [PubMed

 

この論文については昨年春から夏にかけて話題になり、いくつかの日本語サイトでも紹介されています。(3)(4)(5)

 

 

なぜ話題になったかというと、Vainshelboimの主張とは反対に、「布マスクは素材、層、組み合わせによってかなり効果が高まる」という実験結果を示した研究だったからです。

 

研究内容を紹介しましょう。実験装置の模式図は以下です。

 

 

・単層の布マスクだとサージカルマスク(3層)と比較してウィルス粒子の濾過率はかなり低くなりました。一般的に布マスクはサージカルマスクよりも性能が低いと言われています。

・密度が高い(1インチあたりに織り込まれている糸の数が多い)600TPITread per Inch)のコットン(高級なシーツなどに使われている)を使用すると、単層でもサージカルマスク並みの性能を持つことを示しました。

・これはキルト(表地と裏地の間に中綿が入っている)でも同等の性能を示しました。

・80TPIのコットンでは、かなり低い濾過率でした。

・120TPIのコットン2枚の間に中綿(綿90%、ポリエステル5%、その他の繊維5%)を挟んだ伝統的なコットンキルトでも300nm以下の大きさの粒子で65%以上、300nm以上の大きさの粒子で90%以上の高い濾過率を示しました。

・600TPIの布と、シルク、シフォン、フランネルのいずれかの布を組み合わせて2層にすると、N95マスクと同程度の性能を示しました。

 

まとめると、密度の高い布を使うか、密度が中程度(120TPI)でも中綿を挟めば、布マスクでも高い性能を得ることができるという研究でした。(※TPIについてはこのあとも記事内に何度も出す言葉なので、意味を覚えておいてください)

 

一方、マスクに隙間がある場合には60%以上性能が低下してしまうことも示されました。また、この論文には「実験方法や装置に問題があるかもしれない」とコメントが入り(6) 、Kondaらはその可能性を認めました。論文に掲載した布マスクの性能は過大評価であった可能性と、実験の設定を改めた再測定結果を掲載しています(7)。

 

“今回の研究と再測定の結果、絶対的な効率は低下しているものの、生地の相対的な比較に基づいた重要な結論は変わらず、隙間からの漏れがろ過効率に大きく影響すること、糸数の多い生地が好ましいこと、多層構造にすることでろ過性が向上することなどが明らかになりました。これらの結論は、布製マスクの必要な特性について一般の人々の間でほとんど検討されていなかった時代に、専門家以外の人々にとってタイムリーで有益なものだったかもしれません。”

 

Kondaらは訂正文にて上記のように結論づけ、実験系を見直しての再測定でも、やはりキルト生地や高TPI(高密度)のコットンは高い性能を持つことを確認しています。

 

さて、この研究論文(リファレンス25番)を引用したVainshelboimの主張をもう一度見直してみましょう。

 

①”医療用と非医療用のフェイスマスクの物理的特性は、そのスケールの違いから、フェイスマスクがウイルス粒子をブロックする効果がないことを示唆している[16], [17], [25]。”

②”SARS-CoV-2の直径とフェイスマスクの糸径の大きさの違い(ウイルスの方が1000倍小さい)により、SARS-CoV-2はどんなフェイスマスクでも容易に通過することができる[25]。”

③”医療用(サージカル)やN95医療用のフェイスマスクでは、マスクと顔の間に少しでも隙間があると、濾過率はそれぞれ15%、58%にまで低下する[25]。”

 

まず①と②に関しては完全な間違いです。スケールの違い、すなわちマスクの網目とウィルス粒子の大きさでは、ウィルス粒子の方が圧倒的に小さいにもかかわらず、マスクはウィルス粒子をブロックする性能を持ちます。(次回記事で仕組みを解説します)

 

そもそも、医療現場で利用されるN95マスクだって、その繊維の隙間はウィルス粒子の大きさよりも圧倒的に大きいです。しかし0.3μmの粒子を95%以上捕集する能力があるので、N95という名前が付けられています。(8)

 

次は③です。”医療用(サージカル)やN95医療用のフェイスマスクでは、マスクと顔の間に少しでも隙間があると、濾過率はそれぞれ15%、58%にまで低下する[25]。” を文面通りに読めば、サージカルマスクはマスクと顔の間に少しでも隙間があった場合に「たった15%しかNaCl粒子を濾過できなかった」となります。引用元の論文には、そのように書かれていません。以下、原著のデータに解説を加えた図を転載します。(9

 

隙間を想定した実験において、サージカルマスクは最大で60%以上の濾過率低下を示しましたが、44±3%の濾過率を記録しています。15%ではありません。またもVainshelboimは誤引用を行なっています。

 

さて、「マスクで低酸素になり慢性疾患に罹患するリスクがある」というVainshelboimの論文内容とリファレンスの25番まで確認してきましたが、いい加減さも度を越しています。このブログを読む皆様に誤解してほしくないのは、世の中の重要なことを決定する根拠として利用される論文には、Vainshelboimが書いたこの論文のようないい加減なものは存在しないということです。私自身も、相当な数の論文をこれまで読んできていますが、これだけいい加減なものを読んだのは初めてです。

 

出したい結論ありきでエビデンスを不正使用する人達

なぜVainshelboimはKondaらの論文を利用して、「フェイスマスクがウイルス粒子をブロックする効果がないことを示唆している」と書いてしまったのでしょうか?

 

答えは簡単です。Vainshelboimは「マスクは危険である」という結論を出すことを最初から決めていて、それを変更する気もないからです。最初から結論ありきですから、公平にデータや文献を読む姿勢はありません。

 

Kondaらの論文には「隙間があった場合に大幅にマスクの効果が落ちる」という記述がありました。最初から結論ありきの姿勢のもと、決まっている結論に使えそうな論文からデータや記述を部分的に抜き取り、論文全体が示す結果や主張を歪め、あらかじめ決められた結論を正当化するために利用したというのが、Vainshelboimが行ったことであり、内的な動機です。

 

「リファレンスを読もう!」〜崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その2〜で紹介した、Chandrasekaranらが同じくMedical Hypothesesに投稿した、「フェイスマスクを使ったエクササイズ、悪魔の剣を扱っていませんか?(10)」で行なったことと全く同じです。

 

「マスクは危険」と最初から結論づけている崎谷博征医師が、査読が機能していないジャーナルに掲載されたVainshelboimやChandrasekaranの矛盾に満ちた論文を、何も考えず調べもせず、「マスクが危険と書いてある論文があったぞ!」と、引用した論文内容に多大な矛盾があることにも気が付かず(または意図的に無視をして)利用した事とも全く同じ構図です。

 

崎谷博征先生、マスクが危険って本当ですか?その1で紹介した、エイズ否認主義者の第一人者、ピーター・デュースバーグがMedical Hypothesesに掲載した「HIVはエイズの原因ではない」と主張した論文(11)は、まさに出したい結論ありきでエビデンスを不正使用したものでした。

 

Covid否認主義と言えるVainshelboimや崎谷博征医師は、エイズ否認主義と全く同じ歴史を繰り返していると言って差し支えないでしょう。もっとも、Vainshelboimや崎谷博征医師が今回行ったことは、デュースバーグよりもさらに幼稚(レベルが低い)であるように私には見えますが、、、。

 

1つの論文だけを根拠として正しさを主張することは出来ない

エイズ否認主義、Covid否認主義のような、いわゆる「陰謀論者たち」は、出したい結論ありきでエビデンスを不正使用するに加えて、相反する結果を出している研究、新しく出てきている研究を受け入れません。

 

これも理由は簡単で、最初から結論が決まっているので受け入れたくないという話になります。

 

Vainshelboimはマスクを批判するために、2015年の研究を持ち出しました。それも不正な引用を行なったものであるうえに(その1ブログ参照)、マスクに関する研究論文は、新型コロナのパンデミックに対応するべく、2020年から今にかけて大量に出版されています。ここで検証しているVainshelboimの論文は、2021年1月に出版されたものでした。

 

2020年10月には、布マスクに関する25の研究論文(メタアナリシス含む)のレビューがメイヨークリニックから出版されました(12)。前述の2015年の布マスクの低い効果を示した研究や、ここで解説しているKondaらの研究論文もレビューに含まれています。

 

この研究は、Kondaらの研究をさらに有益なものへとアップデートした良質なものでした。Kondaらとメイヨークリニックの研究の双方の「もっとも実用的に優れた視点」は、「布マスク」が「素材と組み合わせで効果が異なる」と明らかにしていることです。

 

マスクの質がマスクの性能を決める

例えば日本では、理化学研究所が文部科学省と連携して使用しているスーパーコンピュータ「富岳」による研究が有名です。この研究では、不織布のマスクの方が、布マスクと比較して若干の性能の高さを示す結果となりました(13)。

 

図1(クリックで拡大) 不織布マスク、綿製手作りマスク、ポリエステル製手作りマスクという素材の異なる3種類のマスクについて、飛沫・エアロゾルの飛散の仕方をシミュレーションし、マスクによる飛散抑制効果を評価。黄色の粒子はマスクの隙間から漏れ出た飛沫・エアロゾル、赤色の粒子はマスクや顔に付着した飛沫・エアロゾル、青色の粒子はマスクを透過した飛沫・エアロゾル。不織布マスクはフィルター性能が高い一方で、隙間から漏れる量が多いことがわかった。また、手作りマスクに関しては、綿製よりもポリエステル製の方がフィルター性能が高い一方で、綿製の方がマスクを透過する飛沫の量が多い分、隙間から漏れる量が少ないことがわかった。(理化学研究所、計算科学研究センターwebsiteより引用)

 

この研究では、不織布マスクと布マスク、ポリエステルと布製の手作りマスクにおいて、一長一短的な性質があるものの、不織布やポリエステルは布よりもフィルター性能は高いと結論づけています。しかし、「布」とは「どのような布であるか」が定義されていません。

 

この結果を受けて、新型コロナ対応を担当する西村康稔経済再生相は、「(性能が高いことを)スーパーコンピューター『富岳』を使って(効果を)検証もしてきている」として、「不織布推し」の態度を強く打ち出し、新型コロナの基本的対処方針を改定(2021年4月)。新たに「不織布マスクの効果を周知」との文言も加えたようです。(14

 

確かに不織布やポリエステルの性能は高いのですが、こうなってしまうと今度は「不織布マスク警察」のような人々が出現し、化学繊維に対して皮膚炎を起こす人や、不快感を感じる方々が生きづらくなってきます。

 

昨年10月に出版されたメイヨークリニックの研究論文では、素材と組み合わせによっては「布マスクは医療用マスク(不織布製のサージカルマスク)と同等の高い濾過性能を発揮する場合がある」と結論づけています。良好な性能を持つと結論づけられた素材は以下になります。

 

・100TPIのモスリンを3~4層に重ねたもの(4層モスリンまたはモスリン・フランネル・モスリンのサンドイッチ)

・1層で作ったティータオル(別名ディッシュタオル)(2層の方が良いと思われる)

・良質のコットンTシャツを2層に重ねたもの(伸びないように端を縫い付けたもの)

 

この研究からはKondaらの実験と同等に「80TPIの布だと2枚重ねても効果がない」という結論が出ており、著者らは「100TPI以上の綿やフランネルを2枚以上重ねて使用すること」を推奨しています。(12

 

ここで、Kondaらが実験系を見直して行なった再実験の結果を以下に転載します。(7

 

マスクに利用する素材ごとの濾過率の違いです。ポリプロピレンとキルト(中綿にポリエステルを含む)が高い濾過率を示しています。相対的に、80TPIのコットンと、絹の2層はほとんど効果がないことも示されています。

 

次は素材の組み合わせによる濾過率の違いを示したデータです。

キルト、または600TPIのコットンとポリプロピレン、シフォン、シルク(絹)の組み合わせが、いずれも高い濾過率を示しました。

 

さて、Kondaらの実験報告(7) と、メイヨークリニックのレビュー(12) を合わせ、何が考えられるでしょうか?

 

確かに不織布の原材料として利用されるポリエステルやポリプロピレンなどの化学繊維は高い濾過率を持ちます。しかしキルトのように、肌がそれに触れずに利用することも可能であり、天然素材でも、高密度のコットンとシルクのように、異なる素材を組み合わせた場合に高い濾過率を得ることが出来るということです。化学繊維を利用する場合でも、肌に触れる面は100TPI以上のコットンを利用することで、不織布のマスクと同程度の性能を持ちながら、肌触りの良いマスクをつくることが出来るかもしれません。

 

また、絹や低密度の綿を2枚重ねても、高い性能は得られないという結果も重要でしょう。

 

これらの研究から、「不織布でなくてはダメ」ではなく、「素材を吟味した場合は布マスクも安全である」という考え方を得られます。逆に、「ある種の天然素材を単一で利用した場合、マスクの効果が非常に低くなってしまう」ことも理解できます。

 

マスク着用に関して合理的に取り組むことができれば、人々は意味のないマスク着用を避け、感染拡大防止への効果を高めるマスク着用を実践できます。それぞれの健康、経済的事情、職業ににあったマスクを賢く選ぶことが出来るのは、誰にとっても良いことであるはずです。

 

思い込みではなく、ひとつの研究から断定するでもなく、たくさんの研究から少しずつ真実への手がかりを掴んでいく、それが科学です。

 

人々に役立つように考えられて、多くの科学研究は行われています。今回紹介したマスクの研究も、安全で、皮膚に優しく、繰り返し洗って利用できる(低コストで日々利用できる)マスクを自分で作ったり、購入する際のヒントにするための有益な研究結果を含んでいます。

 

マスクを科学的に理解することで、いつぞやの「マスク買い占め現象」が起こることも防げるでしょう。布マスクでも十分パンデミックに対応することが出来ると人々が理解していたならば、買い占めは起こらなかったはずです。使い捨ての高機能なサージカルマスクは、医療従事者には常に必要です。リスクの高い現場に1日中いますので、頻繁にマスクを取り替える必要があります。

 

一般の人々が利用する多くの布マスクは単一素材(多くがコットン)で2層であり、繊維の密度を考慮されていません。

 

・100TPI以上の素材を利用する。

・100TPI以上のコットンと、異なる素材を組み合わせた2層以上のマスクを利用する。

・肌に触れない部分にポリプロピレンなどの化学繊維を利用する。

 

これらのアイデアは、より安全で快適なマスク生活を支援します。

 

さて、ここで紹介した研究をもとに「フェイスマスクがウイルス粒子をブロックする効果がないことを示唆している」というVainshelboimと崎谷博征医師の主張は一体誰の役に立つのでしょうか?

 

長くなったのでここで一旦切り、次回もマスクの科学について続きを説明していきます。

 


2021/6/4追記

ここで紹介したKondaらの布マスクの実験(15)を再現できなかったという報告を見つけました(16)。布マスクに関しては統一した布の素材(繊維の種類、TPI、織り方、層数等)や実験環境での研究が無く、現実的な正しいデータを知ることが難しいです 。一般的には布マスクは不織布より濾過率が低いが、作り方によっては性能が向上する可能性がある程度に考えて読んでください。


 

参考文献、website

(1)  WHO. “Mask use in the context of COVID-19” Interim guidance, 1 December 2020

(2) COVID-19ウイルス(2019-nCoV:SARS-CoV2)の歴史的第一報告

(3) 大西淳子, コロナ禍での「夏のマスク生活」はここがポイント!布マスクや夏用マスクの素材選びのポイントは?- 日経Gooday

(4) “手作りマスクに最適な素材は?――綿とシフォン生地の組み合わせが好成績という研究結果” fab cross エンジニア. 2020-5-17

(5) “家で布マスクを作るなら、異なった生地を組み合わせると良い。アメリカの科学者が勧める生地と組み合わせ【ライフハック】” カラパイア. 2020年04月27日

(6)  Ian A Carr et al. “Letter to the Editor Regarding Aerosol Filtration Efficiency of Common Fabrics Used in Respiratory Cloth Masks” ACS Nano. 2020 Sep 22;14(9):10754-10755. 

(7) Konda et al. “Response to Letters to the Editor on Aerosol Filtration Efficiency of Common Fabrics Used in Respiratory Cloth Masks: Revised and Expanded Results(Carrらへのコメントへの回答)” ACS Nano. 2020 Sep 22;14(9):10764-10770.

(8) 職業感染制御研究会ホームページ特設コーナー「N95マスクの選び方・使い方 」

(9) Abhiteja Konda et al. “Aerosol Filtration Efficiency of Common Fabrics Used in Respiratory Cloth Masks(呼吸用布マスクに使用される一般的な布地のエアロゾルろ過効率)” ACS Nano. 2020 Apr 24 : acsnano.0c03252.

(10) Baskaran Chandrasekaran et al. “Exercise with facemask; Are we handling a devil’s sword?” – A physiological hypothesis(フェイスマスクを使ったエクササイズ、悪魔の剣を扱っていませんか?- 生理的仮説)” Med Hypotheses. 2020 Nov; 144: 110002.

(11) Peter H Duesberg et al. “WITHDRAWN: HIV-AIDS hypothesis out of touch with South African AIDS – A new perspective”(取り下げ:南アフリカのエイズとは無縁のHIV-AIDS仮説-新たな視点からの考察)Med Hypotheses. 2009 Jul 19.(全文のPDFはこちらでダウンロードできます

(12) Catherine M. Clase MB et al. “Forgotten Technology in the COVID-19 Pandemic: Filtration Properties of Cloth and Cloth Masks—A Narrative Review(COVID-19パンデミックにおける忘れられた技術。布と布マスクのろ過特性-ナラティブ・レビュー)” Mayo Clin Proc. 2020 Oct; 95(10): 2204–2224.

(13) 坪倉誠(複雑現象統一的解法研究チーム チームリーダー). “飛沫やエアロゾルの飛散の様子を可視化し有効な感染対策を提案 ~「富岳」による新型コロナウイルス対策その1” R-CCS(理化学研究所計算科学研究センター)

(14) 西村圭史”「不織布」推し、なぜ今改めて?西村経済再生相” 2021年4月24日 朝日デジタル

(15) Abhiteja Konda et al. “Aerosol Filtration Efficiency of Common Fabrics Used in Respiratory Cloth Masks(呼吸用布マスクに使用される一般的な布地のエアロゾルろ過効率)” ACS Nano. 2020 Apr 24 : acsnano.0c03252.

(16) Christopher D Zangmeister et al. “Filtration Efficiencies of Nanoscale Aerosol by Cloth Mask Materials Used to Slow the Spread of SARS-CoV-2(SARS-CoV-2の拡散を遅らせるために使用される布マスク材料によるナノスケールエアロゾルのろ過効率)” ACS Nano. 2020 Jun 25 : acsnano.0c05025.

 

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