画像は生成AI作。「トランス脂肪酸の悲劇」「YouTuber」などのフレーズで生成しましたが、結構奇跡の一枚(笑)
—目次—
- 吉冨信長ってどんな人?
- トランス脂肪酸のデマを流す吉冨信長
- 内閣府データを悪用する吉冨信長
- 権威を利用して名前を売る吉冨信長
- 論文内容を正しく伝えない吉冨信長
- 無知と偏った思想で何も見えなくなる
デマとは
- 事実に反する扇動的で謀略的な宣伝(Oxford Language)
- 政治的な目的で、意図的に流す扇動的かつ虚偽の情報(goo辞書)
のこと。
中立・公平をアピールする栄養カウンセラーが、栄養に関するデマを流していることをご存知でしょうか?
論文エビデンスを悪用し、巧妙に乳製品のトランス脂肪酸までも悪玉化する、その手口を公開します。
吉冨信長ってどんな人?
本日はトランス脂肪酸についてのお話です。吉冨信長チャンネルのYouTube動画をテーマに解説します。
まずは吉冨信長って誰?という方向けに一応紹介しますと、日本の栄養カウンセラー、分子栄養学セミナー講師、株式会社コミディア代表取締役。日本脂質栄養学会会員、日本微量元素学会会員らしいです。
これはwikipedia(リンク)のプロフからの引用です。私が吉冨を知ったのは10年ほど前で、当時はフェイスブックの有名人という感じでしたが、今やwikiページが存在し、芸能人のカウンセリングもしているそうで、知名度はさらに上がっているようですね。
先日インスタで紹介した「分子栄養学実践講座」の講師でもあります。
これすんごい金かかってそうなプロモーション(笑)
CNA(細胞栄養学®︎)というセミナーを始めたようですが、説明会に出ないと料金も分からない講座で、めちゃ高額な匂いがしますね。
まあ、他人のビジネスにケチつけるより、私のすべきことはデマの手口の公開ですね。本題に入りましょう!
トランス脂肪酸のデマを流す吉冨信長
動画後半で、彼はトランス脂肪酸含有量データをスライドで示しています。拡大してみましょう。
これトランス脂肪酸についての知識を持っている方なら「え、いつの話?」と思うんですよ。
しかし吉冨のYouTube「トランス脂肪酸の悲劇」がアップロードされたのは2019年12月。有り得ないんですよ。ショートニングに100g中31g、マーガリンに13gもトランス脂肪酸が入っているなんて。
私は2017年から2019年まで、雪印websiteからネオソフト(ファットスプレッド)のトランス脂肪酸低減例を引用しつつ、もはやマーガリンやファットスプレッドにトランス脂肪酸はあんまり入ってないですよと講座内で伝えています。
これは10gあたりの含有量ですから、2014年時点で100g中0.8gですね。今はもっと減ってます。
ところが吉冨は「100g中10gも入っている」と。
だからこそ、コメント欄にも疑問の声が上溢れています。
これらの疑問の声を吉冨は全て無視。
そして唯一返信していたのがこれ。
「バターにはマーガリンの2倍トランス脂肪酸が含まれている」というコメントに対して「どう考えてもあり得ないからそのレポートを見せろ」と。
重ねて伝えますが、この動画は2019年にアップロードされています。その時点で、コメント主が正しいことを言っていることは、トランス脂肪酸について知っている人なら誰でもわかります。
内閣府データを悪用する吉冨信長
吉冨の不可解なデータと、コメ主にデータを要求する謎の自信は一体どこから来ているのかと調べてみると、「え、マジっすか w」という驚愕の情報元に辿り着きました。
その情報元とは、内閣府食品安全委員会が2006年(平成18年)に公表した「食品に含まれるトランス脂肪酸の 評価基礎資料調査報告書」です。
吉冨は2019年のYouTube動画で、2006年のデータを使用しています。
政府は2010年、2014-15年にも国民の不安に応えるため、測定データを公表しているにも関わらずです。
食品100g中、中央値でマーガリンに0.99g、ファットスプレッドに0.69g、ショートニングに1gが含有されているのが約10年前のデータです。
これを吉冨はそれぞれ13g、10g、31gと発表していますから、実際のデータとずいぶん乖離があるのですね。
一体どこからこんなデータを持ってきたのか…と探しているうちに、驚愕の事実に気がつきました。
なんと、吉冨は全てのデータにおいて「最大値」でトランス脂肪酸量を発表していました….。
当たり前の話ですが、データのばらつきの中の最大値で比較する論文も学者も存在しません…….
2011年の東日本大震災に伴う原発事故で、一部のキノコや魚類にセシウムが検出されると「もう一切キノコと魚は食べない!」という人が当時はいましたが、吉冨がやっているのはそのような風評被害を助長する行為です。
一般の方は気がつきませんが、これは意図的に行われている行為です。バターや乳製品のトランス脂肪酸含有量は、いつ測定してもたいして変わりません。牛の体内で産生されるトランス脂肪酸量は概ね一定に制御されています。ですからデータを見て分かる通り、最小値と最大値にほんのわずかな開きしかありません。
一方で工業由来のトランス脂肪酸は、2000年代以降、世間の風潮に合わせるように企業は低減化を図ってます。思いつく大企業名+トランス脂肪酸名でググってみてください。どこの大企業もトランス脂肪酸低減化の努力をしています。そうじゃないと売れませんからね。
しかし低減化を行わない企業も一部存在するので、最小値+平均値と最大値の間に大きな差が発生します。2014-15年調べのマーガリン含有トランス脂肪酸量は、100g中平均で0.99g、最小値で0.44g、最大値で16gです。平均値と最小値の値が非常に近く、最大値と大きな乖離があることから、ほとんどの企業が低減化を行なっていることが分かります。
話を「バターにはマーガリンの2倍トランス脂肪酸が含まれている」というコメントに対して「どう考えてもあり得ないからそのレポートを見せろ」と返した吉冨の主張に戻しましょう。
(雪印ネオソフトは食品10g中なので0を1個減らしてデータを見てください)
吉冨が動画を出した2019年の時点で、「バターのトランス脂肪酸はマーガリンの2倍」は常識ですよという話です。ググればすぐに分かる話。
せっかくコメント欄で視聴者が指摘してくれているのに、誰のためにこんなデマを流しているのでしょうか。
もしかしたら素でデータを読み間違えた可能性もあります。コメント主にデータを見せろというくらいですから。
だとしたらよほどデータを慎重に確認できない性分なのでしょう。
ググって5秒でわかることを確認できないのですから。
意図的であれ、読み間違えたのであれ、その原因はマーガリンなどの加工食品を悪いものにしたいという思想なのではないでしょうか。
おまけに「乳製品と牛肉のトランス脂肪酸も注意」と動画内でコメントしています(後述しますが全く問題ありません)。
偏った思想と意識は本当に恐ろしいもので、目の前の事実が見えなくなります。皆さんも気をつけてください。
権威を利用して名前を売る吉冨信長
ググって5秒も確認できない吉冨は、2018年にもまた不可解なトランス脂肪酸情報をフェイスブックで流しています。
これが全文ツッコミどころ満載でヤバいです。
1文ずつツッコミを入れながら解説します。
いまだに「天然のトランス脂肪酸は無害」と言っている人がいることに驚きましたが、人工型も天然型もそれを構成するトランス脂肪酸異性体種は一緒です。
→ああ私のことですね。「微生物と加熱調理で発生するトランス脂肪酸を人類は長年摂取しながら健康体を保っていた。故に天然のトランス脂肪酸は無害」と、脂質講座を開始した当初(2017年)から私はテキストに記載していましたよ。
つまり、トランス脂肪酸には異性体が多くあり、その種類によって安全か安全でないものなのかに分かれ、「人工型だから危険、天然型だから安全」ではなく、人工型にも天然型にも共通した同種のものが含まれています。(※私は3年前にこの異性体種の研究をしている東京海洋大の先生から直接講義を受け、未公表データも見せていただきました)
→ 2017年当時から人工でも天然でも共通したトランス脂肪酸異性体が含まれることは知ってましたし、テキストにデータも掲載してます。「人工型だから危険、天然型だから安全」などとは思ってませんよ。人工と天然では、発生する異性体のバランスが大きく異なります。それが健康的かそうでないかを分けるのです。
牛乳やバターには天然のトランス脂肪酸や共役リノール酸が少量含まれていますが、こうした酪農製品はトランス脂肪酸の規制から外されているのが一般的で、「天然型は安全」と証拠も無く吹聴している方々はおそらく乳製品を擁護したい意図があるのかもしれません。
→ いやいや…日本では代表的なトランス脂肪酸であるバクセン酸は規制から外されてません。外されていたら、2006年に発表してあなたも動画に使っているバターとか牛肉のトランス脂肪酸って一体なんなの?
→仮に日本で規制から外されているってことは安全なわけなので、そのあなたの言い分によればやっぱり天然トランス脂肪酸は安全ってことではないの?
→ 結局、あなたはどの異性体種のトランス脂肪酸が安全なのか、危険なのかをこの投稿でもそれ以降も、何も示していませんね。天然にも危険なものがあると匂わせながら、規制から外されるのが一般的と、あなたの意見は支離滅裂ですよね….?
※私は乳製品については反対も擁護もありませんが、食の安全性を考慮するとき、やはり公平な立場にたって冷静に研究調査するべきです。
→ どの口が言う?!
あーアホくさ(笑)
文章の意味が通ってないし、事実確認もできていないし、何が言いたいかもさっぱり分からない。異性体種の研究をしている東京海洋大の先生とやらにも失礼ですよ。権威を利用して謎のアピールしているだけ。
私は今年も散々調べましたが、結論は同じです。日本人の一般的な食生活において天然型トランス脂肪酸は無害。
乳製品摂取量が多めの人でも、乳製品に含まれるトランス脂肪酸は健康に対して有害な影響を持ちません。
論文内容を正しく伝えない吉冨信長
吉冨は動画内で異性体についてもコメントしてみたので、見てみましょうか。
どのトランス脂肪酸異性体でも心疾患のリスクになると。
アンタ、安全な異性体もあると言っていたがどうなった?!とツッコミたいところですが、ひとまず論文をチェックします。それが一番事実を知るには早い方法です。
D Mozaffarian et al.
“Health effects of trans-fatty acids: experimental and observational evidence”
「トランス脂肪酸の健康への影響:実験的および観察的証拠」
Eur J Clin Nutr. 2009 May:63 Suppl 2:S5-21.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19424218/
要約を一部抜粋しますね。
”入手可能な証拠によると、trans-18:1 異性体、特に trans-18:2 異性体は、trans-16:1 異性体よりも CHD 影響が強いことが示されています。限られたデータから、反芻動物由来の TFA と工業用 TFA を同様の量で摂取した場合の実験的影響は同様であることが示唆されていますが、これほど高レベルの反芻動物由来の TFA を摂取する人はほとんどおらず、観察研究では、実際に摂取された量の反芻動物由来の TFA による冠動脈疾患への悪影響は認められていない。
[結論] 対照試験と観察研究は、部分水素化油からの TFA の摂取が複数の心血管リスク要因に悪影響を及ぼし、CHD イベントのリスク増加に大きく寄与するという一致した証拠を示しています。反芻動物の TFA 摂取による公衆衛生への影響ははるかに限定的であると思われます。特定の TFA 異性体の影響については、さらに調査する必要があります。”
「反すう動物由来の(乳製品や牛脂由来の)トランス脂肪酸を有害な量になる程摂取する人はほとんどいないから冠動脈疾患への悪影響は認められない」と書いてあります(笑)
この論文はオープンアクセスではないので私は読むことができませんが、吉冨がアップしている表を見る限り、異性体を「C18:1」など大まかにしか分けておらず、天然由来に多いC18:1 trans-11なのか、部分水素添加油脂に多いC18:1 trans-9なのかを分別したデータではないようです。
吉冨はそれを無視し、論文の要約に「現実的には多くの人々にとって天然のトランス脂肪酸は心疾患に悪影響及ぼさない」と明記していることを無視し、「ほとんどの研究で、ほとんどのトランス脂肪酸異性体によって、ほとんどの心疾患のリスクが上がっていることになるわけです」と大嘘をついています。
彼は2009年のレビュー論文をもとに「ほとんどのトランス脂肪酸の異性体は心疾患のリスクがある」と論文著者らの見解とは異なる情報を伝えているのですが、PubMed検索したら「反芻動物由来のトランス脂肪酸に心疾患リスクとの関連はない」と結論づけているレビュー論文は簡単に見つかります。
Sarah K Gebauer et al.
Effects of ruminant trans fatty acids on cardiovascular disease and cancer: a comprehensive review of epidemiological, clinical, and mechanistic studies
反芻動物由来のトランス脂肪酸が心血管疾患および癌に及ぼす影響:疫学、臨床、メカニズム研究の包括的レビュー
Adv Nutr. 2011 Jul;2(4):332-54.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22332075/
心疾患以外にも天然由来と工業由来のトランス脂肪酸の影響の差を調べた研究は多数ありますが、答えは一貫しています。食事から摂取する量の天然由来の(反すう動物由来の)トランス脂肪酸は無害か、有益な結果を示すこともあります。
吉冨が動画内で(論文ではそのように書かれていないのに)心疾患のリスクがあるというC16:1のトランス脂肪酸など、有益性を示すトランス脂肪酸の代表格です。
Dariush Mozaffaria et al.
Trans-palmitoleic acid, metabolic risk factors, and new-onset diabetes in U.S. adults: a cohort study
トランスパルミトレイン酸、代謝リスク因子、および米国成人における新規糖尿病発症:コホート研究
Ann Intern Med. 2010 Dec 21;153(12):790-9.
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21173413/
日本語ニュース解説:牛乳や乳製品を毎日とる人では2型糖尿病のリスクが低下(糖尿病ネットワーク)
無知と偏った思想で何も見えなくなる
吉冨が大嘘をついてしまう理由は2つあるでしょう。1つ目は、吉冨はトランス脂肪酸の異性体について無知だから。2つ目は、先に書いた通りの偏った思想です。
最近はもう「トランス脂肪酸という悪玉の脂肪酸」と、異性体の差も考慮することなく善悪論を展開するようになっているようですが、科学に携わるものとして失格です。
「トランス脂肪酸が残留」という物言いも不適切です。トランス脂肪酸は完全除去が前提にあるわけではありません。
無知と偏った思想を持つ限り、せっかくマサイ族の調査をしたところで何も見えません。
伝統的なマサイ族の牛乳摂取量では、平均的な現代の日本人の何倍ものトランス脂肪酸摂取量になります。
乳製品のトランス脂肪酸にまで気をつけろとか、マサイ族の健康をどう説明するのでしょうか?
食生活と身体の退化: 先住民の伝統食と近代食その身体への驚くべき影響 / ウェストン・A. プライス
おそらく吉冨はプライス博士の著書に影響を受けて民族調査に行ったと思われますが、スイスの高地に住み大量の乳製品を摂取する酪農民を、どう説明するのでしょうか?
ということで以上、「トランス脂肪酸のデマを流す吉冨信長」でした。
善悪論と偏った視点。偏った思想をもとに、データを悪用してトランス脂肪酸悪玉論を扇動する。
とても褒められた行動ではありませんが、顧客のほとんどは科学に対して無知ですから、騙すのは簡単です。
科学を扱うものとしてのプライドを捨てればね。
皆さんにお伝えしなくてはならない重要なことですが、なぜサイエンスのプライドを捨ててデマに走るのか、ということですね。
これ本当に大事なことです。よく覚えておいてください。
デマって意図的に流す扇動的かつ虚偽の情報です。
扇動的というのがポイントです。扇動的なものは、儲かるんです。
人間が金を一番出しやすいのは、感情を煽られたり、共感を得た時です。
「トランス脂肪酸悪玉論」は、代替医療、自然療法、食事療法に関心のある人々と親和性が高いので、そのターゲット層に対しては宣伝効果抜群、ということです。
純粋に科学を追求したい層には見向きもされませんけどね。
しっかし8民族の調査っていくらかかったんだろうなぁ…
マサイ族とモンゴル遊牧民を訪ねてよくトランス脂肪酸を悪玉脂肪酸と言えるよなぁと。
乳そのものは勿論、彼らが飲む発酵乳に豊富に含まれるであろう乳酸菌とビフィズス菌は、微量ながらPUFAからトランス脂肪酸を産生します。
民族の食文化に対するリスペクトも本当の興味も感じられないし、盲目的な意識で遠くへ行っても結局何も見えないのでしょうね。
本当に中立的な脂質講座を配信中です
この記事では長分化を避けるためにC18:1 trans-9やtrans-11という名前の異性体について説明しませんでしたが、配信中の「脂肪酸組成をマスターしよう!『飽和、不飽和、トランス脂肪酸』」ではバッチリわかりやすく解説しています。
これだけわかりやすくトランス脂肪酸について解説している講座は他にありません。
これはトランス脂肪酸に特化した講座ではなく「脂肪酸の基礎」を学ぶ講座です。
「酸化しやすい油と、酸化しにくい油の違いって何?」という素朴な疑問にも、化学式から自然界から、非常にわかりやすく解説しています。
デマを吹聴するSNSの有名人に振り回されるのは終わりにしませんか?
1年弱の期間をかけて、生化学を基礎からじっくり勉強してみたい方、挑戦をお待ちしております。
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