「自分の問題」を指摘された時、人は無意識に「闘争」か「逃走」の反応をする 〜メタトロン・セッションより〜

気づけば7月ですね。

畑が忙しいシーズンですが、夏野菜を毎日収穫できる喜びに心が満たされます。

 

  

ようやく長女が小学生となり、息子は年中、2歳となった末っ子はよく喋るようになり意思がさらにはっきりしてきました。

子育てのことは色々ある日々で、また改めて記事にします。

 

 

今回は悠馬さんのメタトロン・セッションを通し、クライアントさんがセッション時に、ご自身の問題の原因に直面したときに、どういった感情となるか、というのを私の例を出して紹介したいと思います。

 

結論はタイトル通り「闘争」か「逃走」の反応となる方が多い、ということです。

そしてこの反応をしている限り、問題は解決しないと思っています。

 


 

セッション(カウンセリング)にお越しになる方は、何かしら問題を抱えているからこそ、お申し込みをされると思います。

 

それは体の症状かもしれませんし、心の面かもしれません。

人間関係、パートナーシップ、子育て、仕事、等…

 

ただ、そういったご自身で自覚されている問題の、その大元の原因は「自分自身の精神の在り方」であることが大半だと、私たちは今現在、そう考えています。

 

となると、クライアントさんの主訴となる問題を解決するために「その方の現在の精神の在り方」にスポットライトを当てることとなります。

 

 

彼はカウンセリング時、その人にとって「本質的に価値のあるものとは何か」ということへの探求、責任感が誰よりも強いと思います。

 

反対に、本質的に解決策とならないものを提示することに対し、そこに意味があるのか、むしろその安易な共感により、加害者になるのでは、という視点を持っています。

 

これは私は悠馬さんと出会うまでは意識していなかったことです。本当の意味での「優しさ」や「相手のことを想う」ということは、決して相手が気持ち良いことだけを言ったり、相手をそのまま受け止める、ということではありません。

 

ここは以前にも記事にしています。

共感による自己肯定は、問題解決には繋がらない

私は人に真剣に向き合う、ということを長年放棄してきました。(これが私の最も根源的な問題です。)

それ故に、彼の言動の真意を理解することが当初は出来ませんでした。

ここについては現在、改めて記事にしています。

 

 

繰り返しとなりますが、クライアントさんは何かしら自分自身で認識している問題を抱えているからこそ、彼のセッションを利用されると思います。

 

ただ、ご自身が認識している問題は「結果」であることが多い。

 

では、大元の原因、本質的な問題は?

それが、その人自身の精神の在り方、となるケースが多いです。

 

その本質的な問題を本人が自覚していないことが大半です。私もそうでした。

本人が自覚していないからこそ、そうしてメッセージ(症状)を通して、気づきの機会を運んできているのだと考えています。

 

 

-潜在意識は、身体的な病態の根本に存在している-

-病気は体の言語で、その潜在意識を表現する方法です-

Didier Grandgeorge, M.D. (小児科医, ホメオパス)

 

 

例えば「皮膚症状」という主訴だとします。

 

メタトロンからアウトプットされる体の情報や精神の状態、占星術、そして実際にお会いした様子など、あらゆる面から悠馬さんはクライアントさんの現状を読み解いていき、その方にとっての本質的な問題の源流を探していきます。

 

もちろん物質的な問題もあります。食事や住環境などは典型ですし、数ヶ月前の私たちはそこに焦点を当てていました。

ただ、いくら物質面を改善したところで、一時的に皮膚症状が緩和する可能性は十分あり得ますが、根本解決に至らない。アレルギーも感染なども同様です。

 

では、その本当の原因は?

 

それが「その人自身の精神の在り方」となる。

子どもの場合は親、特に母親の問題が子どもに現れている。

 

 

 

そして、その精神の在り方について、彼は常に丁寧な言動で、彼の主観だけで伝えることなく、ありとあらゆる根拠を元にクライアントさんに提示しています。

 

彼のブログからも十分伝わると思いますが、その根拠は本当に多角的です。生化学の視点、占星術の視点、メタトロンからの莫大な情報(感情、バッチ、ホメパシー、感染、アレルギー、鉱石、など)それらすべてを考慮し尽くし、クライアントさんに提示しています。

その労力は本当に骨の折れる作業ですし、ここまでやるからこそ彼の実力と進化のスピードが桁違いであると隣にいて感じています。

 

そこまでエネルギーを込め、考察した結果として、「その人自身の精神の在り方」をクライアントさんに提示する。

 

 

それを受け取った方はどのような反応をするか。

 

大半の方は「闘争」または「逃走」という反応になります。

 

 

問題を解決したいからこそ、カウンセリング(セッション)にお越しいただいたと思います。

彼はそのクライアントさんにとって「最も重要な気づき」となるよう、全身全霊をかけて考え抜き、提示する。

 

 

でも、その結果、闘争と逃走という反応となる方が大半です。

 

何よりも、私自身も無意識にそうなっていました。

 

その思考であることが、自分自身の精神の問題を作っていること、そして問題解決する機会を自ら遮断してしまっているということをようやく自覚するに至っています。

(でも自覚するまでに、ものすごいエネルギーを悠馬さんに使わせました…)

 

 

なぜ、このような反応となってしまうのか。

これは読んでいても正直、伝わらないと思っています。でも、当事者となった方はご自身の対応がこの「闘争か逃走」であることを自覚せざる得ないと思います…。(気づかない方も大半ですが…。)

 

繰り返しとなりますが、私も気づかないうちにその行動をとっていた自覚があるからこそ、こうして綴っています。

 

 

ここからが本題となります。

■なぜ、闘争 or 逃走の反応を起こすのか?
■闘争や逃走をしていることで、結果的にどうなるのか?

について、私の体験を元に綴っていきます。

 

 


 

細かいことですが、具体例がないと伝わりにくいと思うので、具体例を出して説明していきます。

 

先日のことですが、夕ご飯の出来具合が微妙なものがあり。(これ、私はよくあることで^^;)

悠馬さんによくアドバイスをもらっています。

 

でも。

これが私、素直に聞けなかったりするのですよね。

 

当たり前のことですが、彼は決して私を陥れたいとか、恥をかかせたいとか、そんなことは思っていません。言い方ももちろん文句をいうような言い方ではありません。

大変ならば手伝うといつも言ってくれています。実際に手伝ってくれている。

そもそもの話、そうやってアドバイスをもらい、料理上手になった方が私も家族も嬉しいことです。

 

そのおかげで今の私があります。振り返ると料理を作るだけで頑張っている!マインドで、なおかつ自然派かぶれ過去の私の料理では前夫も不満があったのだろうなぁと思っています…

 

 

先日指摘してくれたとき、私は思わず「レシピなどを参考にしていればうまくいったはず」とか、「子供のお迎えとかで料理をする時間が少なくなり、気持ちが焦ってしまった」と返答していました。

 

でも、これ、すべて本質じゃないんですよね。言い訳です。

それをすぐにキャッチするのが悠馬さん。

これも常に真剣に対峙してくれているからこそ、その違和感を彼はすぐにキャッチできるのだと思っています。

 

ここに私の問題が含まれているからこそ、彼は指摘してくれました。

 

 

私の問題は、物事を深く考えないことです。人間関係ではそうして深く向き合うことなく来てしまった。

ここについてはとても一言で説明できないところですし、私自身、過去の反省も込めて表現しなくてはいけないところだと思っており、現在ブログ記事にしています。

 

そして料理を含めた家事なども、作業的になってしまうところがあります。掃除や整頓なども得意な方だと思いますが、作業的に行っていることが多い。

思考しないと、作業は早いのですよね。エネルギーも節約する。それほど「思考する」という作業は莫大なエネルギーを要します。

 

でもその結果が何も上達しなかったり、ミスなども起こりやすい。作業となるということは、そこに気持ちがないから相手にも伝わらない。何よりエネルギーを使っていないのに、頑張っている風。

色々と家のことをやっている、家事をしていれば私の責任を果たしている、という気持ちが少なからず私にはありました。

 

そういった私の精神の在り方が問題です。

 

今回のことでは、もちろんレシピを参考にすることはいいと思います。でも、そこから自分で考えるという視点が抜けていては、レシピを見ても同じミスを繰り返すばかり。

 

子どものお迎えで料理の時間がなくなったのも、そもそも私が時間配分を考慮できなかったことが原因であり、それに対して一人では対応できないのならばヘルプを出すべきだった。

助けを求めることが自分の能力がないような気がしていました。でも、それが結果的に食事の時間が遅くなったり、美味しく出来ないことでこうして私が勝手に落ち込んだり、彼に時間とエネルギーを使わせることとなり、何も良いことがない^^;

そもそも、この考え方を変えない限り、仕事でも人間関係でも問題を引き起こす。

 

今回の例は一例ですが、こういった精神のままでいることで、大切な人との人間関係に不協和音が生じていくのは明白です。

 

と今となれば私の何が問題であったかわかります。

 

でも。

悠馬さんに指摘されたとき、私は自分の問題の本質が明らかになることから思わず逃げてしまったのですよね。言い訳という形で。冷静さがなく感情で動いていた。

彼が指摘してくれたことで、ようやく自分の主張していることに問題があったことを認識するに至りました。

 

また、私はこの時生理前のいわゆるPMSの時。それも重なり感情的になっていたのもあると思います。でもこれすらも「PMSだから仕方ないの!女のホルモンわかって!」と一方的に主張することは間違っている。

そもそもPMSでそこまで感情が揺さぶれる状態になっていることは私の問題ですし、そしてPMSを原因の根源とし、それ以上の自分の精神にフォーカスしなくなることが最も大きな問題です。

ここについてはとても重要なところだと思っているのでまた改めて記事にします。

 

 

この時の私は自分の問題を認識するまで、まさに闘争と逃走の気持ちとなっていたと思います。

 

なぜ?

自分の問題の本質に触れると、人間は恥ずかしいと思うからだと思います。

特に私は、もう散々、悠馬さんとこうしたやりとりを繰り返し認識していたつもりなのに、また同じことやっている。

 

そこに「恥」といった感情が湧き上がる。

 

これが初めての場合、加えて「恐怖」「劣等感」といった感情が湧き上がると思います。

過去の自分を否定することに恐怖を覚えるのですよね。

 

その感情が苦しくて、耐え難く感じてしまい、「逃走」という反応をとる。

 

または「怒り」という感情が湧き起こる場合もあると思います。

なぜ、私をこんなに辱めるの、なぜ、苦しめるの、と。

その結果は「闘争」という形として現れる。

 

 

繰り返しとなりますが、彼は私を陥れようという気は微塵もありません。当然クライアントさんに対しても同様です。

 

 

つまり、それほどに自分自身の精神の問題に触れた時、人は感情が揺さぶられるのだと思うのです。

それ故に闘争、もしくは逃走、という、心の負荷に対処するための対処療法的な手段を無意識のうちに選択する。

 

 

こうした重要な指摘に対し、闘争や逃走という反応をしていることが問題だと思います。

 

■相手がどんな気持ちでその言動があったのか、という創造力の欠如

■自分のことしか考えていない、子どものような状態である

 

そんな自分の精神の在り方に気づくことなく、自分が傷つくことを恐れ、気づく機会を投げかけてくれた相手を傷つけた人と勘違いし怒りを抱き、向き合わないという選択を繰り返す。

 

 

そうした行動をしている限り、その精神が変わる日はくるのでしょうか。

 

 

 

これも、冷静に考えれば、そんな大したこと?という話なんです。

過去の自分の言動を間違っていると素直に認め、過去を否定し、改めていけばいいだけの話です。

私も冷静に考えればその通りだよね、と思います。

 

悠馬さんの言動は決して私を、クライアントさんを、陥れようとしていません。事実、彼のメタトロンの感情ページで「悪意」や「傲慢」といった感情の周波数が検出されたことはありません。

私も毎日メタトロンで測定していますが、こうして自分の感情を理不尽に押し通そうとしたときに「傲慢」という感情が上がってきたことを過去に確認しています。

 

そんなこと、メタトロンを用いなくても当たり前として気がつかなくてはなりませんが、こうして私は自分の理不尽さを改めて自覚しました。

 

 


 

悠馬さんは過去、苦しい経験を重ねてきたからこそ、否定される経験をしてきたからこそ、自分自身をその都度改めて、実力をつけることしかなかった、誰も言ってくれる人がいなかったからこそ、自分で自分を改めていくしかなかったと。

だからこそ、彼にとってはこうやって闘争や逃走の気持ちになるのか理解が難しいそうです。

 

確かに、過去の自分を否定し、改めていけばいいだけです。

 

それに対し、私は過去に自分自身の精神に対し否定や指摘をさほどされることなく過ごしてきました。

だからこそ、余計に抵抗を感じてしまうのだと思います。

おそらく、大半の方が私と同じだと思います。

 

 

でも、そうして自分の問題から目を背け続け、「そのままで大丈夫」という安易な世界に居続けた結果が、現在の自分の問題だと思うのですよね。

たまたまヒットした画像です。いや、そのままじゃいけないっす。笑

ここに「ありのままの自分を認めてあげよう」というマインドでいることの問題点も感じています。

 

私自身、まだまだですが、それでもこうして自分自身の問題に向き合いだしてからの方が、人生の重みが深くなっています。

 

正直に言えば、自分の問題に向き合うということは、今までしてこなかっただけに苦しくもあります。でも、それは当たり前のことであり、それすらも今まで放棄してきただけのこと。だからこそ症状や人間関係での問題が生まれていた。

 

そこを乗り越えてこそ、ようやく自分の問題を消化し、自分の人生を歩むことができると思っています。

 

自分の人生を歩みたいと思う人にとって、人として成長したいと思う人にとって、彼ほどに受け止め、寄り添い、背中を押してくれる人はいないと思います。

 

今回は私の視点で書いていますが、こうして相手に本当の意味で共感し、そこにエネルギーをかける悠馬さんの労力は想像以上のことです。

これも実際にその立場にならないと理解しがたいことだと思っています。

最も近い存在の私さえも、このような対応となっていることが情けないですが、だからこそ、こうして文字にすることで、これからのクライアントさんに(今までの方へも)何か感じるものがあればと思っています。

 

 

自ら能動的に、そして自分の問題に向き合うというオープンマインドとなる覚悟がある方にとって、悠馬さんのメタトロンセッション以上に価値のあるものはないです。

 

 

そんなメタトロン・セッションの実例を掲載しています。

セッションにご興味のない方も「症状をどう捉えるか」という視点は非常に参考になると思います。

honoiroのメタトロン・セッションが目指すのは「深い気付きと自己理解」の提供

7/15大阪、7/24名古屋、8/2、3東京、すべて満席です。

大阪は次回は8月の予定です。

大阪と名古屋では定期的に開催予定です。

藤原 悦子お薬に頼らない子育てを応援

看護師として10年、大学病院で勤務。救命科での勤務時、自身の体調不良をきっかけに自然療法の世界に出会う。また、幼少期からのアトピー性皮膚炎に長年ステロイド薬を使用していたが、薬では症状の根本改善しないことを実感。長女の出産をきっかけに薬に頼らない生活に徐々にシフト。身体のメカニズム、自然療法などの学びを深め、子育てお母さんへ向けた講座を開催。現在は自給自足へ向け畑で汗を流し、小学1年生、年中、2歳の子育て奮闘中。2020年よりメタトロンセッション開始。

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藤原 悦子お薬に頼らない子育てを応援

看護師として10年、大学病院で勤務。救命科での勤務時、自身の体調不良をきっかけに自然療法の世界に出会う。また、幼少期からのアトピー性皮膚炎に長年ステロイド薬を使用していたが、薬では症状の根本改善しないことを実感。長女の出産をきっかけに薬に頼らない生活に徐々にシフト。身体のメカニズム、自然療法などの学びを深め、子育てお母さんへ向けた講座を開催。現在は自給自足へ向け畑で汗を流し、小学1年生、年中、2歳の子育て奮闘中。2020年よりメタトロンセッション開始。